花束のあとに残る手

「花束は、撮影のあとも忘れずお持ち帰りください」

結婚式場のフローリスト、大友明里は、新郎新婦へいつもそう案内した。

担当プランナーの長谷川俊介とは、何百組もの花束を見送ってきた。彼は明里の作ったブーケを「今日も一番きれい」と褒め、明里は俊介のネクタイが曲がっていれば黙って直した。それでも二人は、式を支える側。同僚という札を外すきっかけがなかった。

閉宴後、花びらを拾うのもいつも二人だった。俊介は捨てるにはきれいな一輪を小瓶へ挿し、明里の作業台へ置く。翌朝しおれていても、明里は開店まで捨てられなかった。彼の転勤が決まってからは、その一輪を見るたび、花より先に時間が終わっていくようだった。

俊介の京都会場への転勤が決まり、最終日の披露宴も無事に結んだ。最後の新婦が花束を抱えて帰ると、会場には甘い香りと空の椅子だけが残った。白いリボンが一本、床で揺れていた。

送別会で同僚たちは大きな花束を渡した。俊介は笑って受け取ったが、駅へ向かう途中、明里にそれを差し出した。

「持って帰ってくれませんか。明日の移動で傷めそうで」

「主役が持ち帰らないと」

「僕が持ち帰りたいものは、別にあります」

俊介は花束の中から一輪だけ白いラナンキュラスを抜き、明里の手に置いた。茎には小さな予約票が結ばれている。来月、京都会場のレストラン。二名。予約名は《俊介・明里》だった。

さらにその次の月には、俊介がこちらへ戻る列車も押さえられていた。

明里は一輪を自分の髪へ挿し、大きな花束を近くの花瓶へ戻した。空いた両手で俊介の片手を包む。

「花より先に、これを持って帰ってください」

「どこまで?」

「駅まででは足りません。京都でも、次に戻ってきた日も」

俊介は初めて「明里」と呼び、指を絡めた。明里は予約票へ自分の番号を書き足し、その場で列車の予定を共有する。

花束は撮影のあとも持ち帰る。

けれど転勤の夜、二人が互いに持ち帰ったのは、花のあとに残った手の温度だった。