落札されない一曲
慈善舞踏会では、令嬢との一曲が競売にかけられていた。
集まった金は孤児院へ寄付される。だがティファは、自分の名が出品目録にあることを当日まで知らなかった。
彼女の前には、砂糖なしの温かなカカオが置かれている。商会総帥レナードが、甘い飲み物で胸焼けする彼女のために用意させたものだ。
「熱くないか」
「少し冷ましてから飲みます」
レナードは市場一つを買収して価格を安定させたほどの権力者で、交渉相手には一切譲らない。その男がティファの杯へ口をつけて確かめることはせず、冷める時間を彼女に任せる。
司会者が槌を上げた。
「次は、総帥が最も大切になさるティファ嬢との一曲!」
会場が沸く。最初の値が読み上げられる前に、ティファが立った。
「出品を取り消してください」
司会者は笑顔で続けようとする。
「慈善ですから、一曲だけご協力を」
「申し込んでいません」
「総帥の庇護を受ける方なら、寄付へ貢献する責任が」
レナードが競売台へ歩み寄る。
「その目録を寄越せ」
司会者は、総帥が最高額で落札すると思って差し出した。だがレナードはティファの項目へ太い取消線を引く。
「人を出品するな」
「では寄付額が不足します」
「予定最高額を私が寄付する。ただし彼女を買った記録は残すな」
ティファが首を振る。
「私の代わりに払ってもらうのも、借りを作るようで嫌です」
レナードはすぐに筆を止めた。
「ではどうする」
「会計係として無償で働きます。匿名寄付の整理なら得意です」
「採用する」
司会者は困惑した。
「踊るほうが華やかです」
「慈善の目的は華やかさではない」
レナードはティファへ、舞踏床ではなく会計卓の鍵を渡す。受け取るか待ち、彼女が自分で手を伸ばしてから離した。
会計卓には、ティファが香りを苦手とする油性インクではなく、無臭の鉛筆が用意された。レナードは彼女を舞踏床から救ったあとも、自分の隣へ囲わず、選んだ仕事の席を整える。
「途中で帰ってもいい」
「帳簿が合うまでは残ります」
「それも、おまえが決めろ」
「今後、寄付を理由に身体や時間を競売へ出す者は、必ず本人の書面同意を得ろ。ティファの善意の形を決めるのは、私でも客でもない」