虹沼領の白い服

虹森エマの沼は、七日おきの雨上がりに七色へ分かれる。

赤い水は火に強い染料、青い水は色落ちしない染料。小さな水車が色ごとの瓶へ汲み、染物組合の定期便が引き取る。晴れが続いても領地の雨石が七日目だけ雲を呼ぶため、収益は季節に左右されない。

エマは染物工房を辞めるまで、雨が嫌いだった。

濡れた布が追加で届く合図だったからだ。紫の制服は薬液でまだらになり、袖口は絞り作業で裂けている。退職後の通信帳にも「王家の注文」「色むら発生」「今すぐ来て」が未読のまま残っていた。

領地で最初の雨が止み、瓶が七本ずつ並ぶ。

〈虹染料四十九瓶、週次出荷完了。今週分の生活費を入金しました〉

金額は工房の繁忙手当より少ない。けれど、雨の日に窓辺で茶を飲む権利がついていた。

エマは窓を開け、雨上がりの匂いを胸いっぱいに吸った。工房の雨の日は媒染液の酸っぱい臭いと、乾かない布の重さしか知らなかった。今は水車が瓶の口を自分で閉め、空になった沼へ蛙が戻ってくる。彼女が検品表を書かなくても七色は混ざらない。茶がまだ温かいうちに一杯飲み切れることが、収益通知より確かな豊かさだった。雨音は、もう催促ではなかった。

元工房主から通信が入る。

『エマ、王女の舞踏服がまだ染まらない。今夜だけ戻って』

「今夜は雨上がりを歩きます」

『子供みたいなことを言わないで。王家の仕事よ。報酬は倍』

エマは戸口に掛けた真っ白な服を手に取った。染物工房にいた頃、白は「まだ価値がない色」と教えられた。

「今日は何色にも染まらない服を着ます」

『あなたほどの染め手が、仕事を捨てるの?』

「仕事ではなく、呼ばれたら行く癖を捨てます」

通信を切り、領地帳も夕方まで消音にした。

沼では色を汲み終えた水車が止まり、雨雲の切れ間から日が差す。エマは白い服に着替え、水たまりを避けずに歩いた。

裾に泥が跳ねたが、洗うのは明日でいい。七色を売った午後くらい、何色にも役立たない自分でいたかった。