証人には嘘を言わせる
法律事務所の研修生・七種碧仁は、応接室から先輩弁護士の声を聞いた。
「証人には嘘を言わせる」
若い女性が答える。
「真実は最後まで隠します」
「裁判官にも秘密だ。気づかれたら負けだぞ」
碧仁は手にした六法を閉じた。
法律家が偽証を指示している。しかも裁判官まで欺く計画だ。
彼は同期へ打ち明けた。
「事務所ぐるみの不正かもしれない」
「事件番号は?」
「分からない」
「証人は?」
「若い女性」
「裁判官は?」
「秘密」
「情報が全部秘密だね」
「だから重大なんだ」
二人は先輩へ遠回しに尋ねた。
「証人が嘘をついた場合、どうなります?」
「相手に見破られなければ有利になる」
碧仁が青ざめる。
「弁護士が勧めても?」
「今回は私が勧める」
「良心は?」
「勝負のために割り切る」
同期が耳打ちする。
「自白の質が高すぎる」
女性にも話を聞いた。
「何を証言するんですか」
「事件の夜、被告人を見た、と」
「本当は?」
「見ていません」
「なぜそんなことを」
「そのほうが面白いから」
碧仁は机へ手をついた。
「裁判を娯楽にしないでください」
女性は笑った。
「皆、そのために集まるんですよ」
翌日、碧仁は証拠を押さえるため、指定された法廷へ入った。
そこは裁判所ではなく、大学の大講義室だった。看板には〈全国学生模擬裁判大会〉。
先輩は弁護側コーチ、女性は偽証する設定の証人役。裁判官役の教授に筋書きを知らせず、学生が反対尋問で嘘を見破れるか競うという。
先輩が碧仁を見る。
「研修案内に書いてあっただろう」
「“実践形式”としか」
「本物の偽証を実践させる事務所があるか」
「昨日までは、ここだと思っていました」
模擬裁判が始まり、証人役は鮮やかに嘘を重ねた。
碧仁だけが、開廷前にすべて見破っていた。
教授役が碧仁へ声をかけた。
「事情を知っているなら、次は検察側へ入るか」
「私に資格が?」
「思い込みだけで事務所を告発しかけた度胸はある」
先輩が付け加えた。
「まず守秘義務の授業からだ」
ただし、法的推理ではなく盗み聞きによってだった。