誤爆した締切
月曜の朝、奈緒は部署のグループチャットへ送った文面を見て青ざめた。
《新刊、落としました。表紙までできていたのに、本当にごめんなさい》
送る相手は同人仲間だった。だが画面の上には、営業企画二課の名前と、既読十二。
すぐに課長から返信が来る。
《どの案件ですか。至急状況を共有してください》
奈緒は机の下でスマートフォンを握った。会社では几帳面で、締切を破らない人として通っている。休日に漫画を描き、「白昼夢商店」という名で本を出していることは誰にも言っていない。
《業務ではありません。私用です。誤送信しました》
そこまで打ち、送れなかった。私用なら何を落としたのか。新刊とは何か。曖昧にすれば、かえって大事になる。
隣の席の同僚が小声で言った。
「早く訂正したほうがいいよ。取引先の本かと思われてる」
奈緒は息を吸い、続きを書いた。
《休日に個人で漫画を制作しています。その新刊を予定日に完成できなかったという、仲間向けの連絡でした。業務への影響はありません。混乱させて申し訳ありません》
送信すると、数秒後に課長が返した。
《了解。業務外の詳細説明は不要です。次回から送信先を確認してください。個人制作をしていること自体は謝罪事項ではありません》
別の同僚が、了解のスタンプを押す。それで会話は終わった。
昼休み、隣席の同僚から個別メッセージが届いた。
《白昼夢商店って、もしかしてあの短編の?》
奈緒はまた固まった。
《読んでます。部署には言いません。落ちたなら、次を待ちます》
慰めの長文でも、完成を急かす言葉でもなく、それだけだった。奈緒は初めて、落とした締切と自分の価値を別々に考えられた。
帰宅後、奈緒は仲間向けの謝罪文を書き直した。言い訳を並べる代わりに、延期日と残作業を記す。
《二週間後に出します。待ってもらえたら嬉しいです》
会社のチャットで名乗ってしまったことは消せない。けれど、白昼夢商店を閉じる理由にもならない。
奈緒は表紙データを開き、延期後の日付を入れた。
今度は宛先を二度確認してから、仲間のチャットへ送信した。