誤訳された扉の前の四人
古語通訳のテオドールは、石扉の文を一語だけ誤訳した。
《王の名を唱えよ》ではなく、《王の名を唱えるな》。
彼が声に出した瞬間、遺跡の出口は閉じ、砂時計型の魔具が赤く光った。開くまで十二時間。依頼の宝玉を持ったまま閉じ込められれば、外で待つ騎士団は盗難を疑うだろう。
石扉の文章は失われた方言で、読める者はテオドールしかいなかった。ヘルミナは毎晩発音を習い、ハクロは文字の拓本を取り、ソーマは彼が考える間、誰にも急かさせなかった。その信頼を一語で閉じ込めた。
外から騎士団が扉を叩く音がした。事情を説明しても返事はなく、盗難容疑で包囲を固める金属音だけが響く。テオドールは三人の冒険者証まで傷つく未来を想像した。
剣士ヘルミナは別の出口を探し、結界士ハクロは扉を調べ、狩人ソーマは保存食を数え始めた。
テオドールは石壁に背をつける。
昔、王宮翻訳局で条約の数字を誤り、その日のうちに机を廊下へ出された。今回も、扉が開けば同じだ。
彼は報酬分の宝玉を床へ置き、携帯紙に離脱届を書く。
「疑われるのは僕だけでいい。開いたら三人は先に出てください」
ヘルミナが戻り、剣の柄を宝玉の上へ載せた。
「証拠品を一人に持たせない。私の剣も一緒に記録させる」
ハクロは結界糸を扉から四人の手首へ一本ずつ結んだ。
「解除の瞬間、誰かだけ先に出ると術が切れる。全員同時だ」
ソーマは保存食を四等分し、テオドールの分だけ減らすことなく膝へ置いた。
「十二時間なら二食。お前の水も残してある」
「僕の誤訳で閉じ込められたんです」
テオドールの声が遺跡に響く。
ヘルミナは離脱届を焚き火の火種に使い、ハクロは誤った一語の横へ正しい訳を刻む。ソーマは帰還後に説明する順番を四人分決めた。
砂時計の赤が半分まで下がる。
誰も眠らず責め続けるのではなく、交代で見張り、交代でテオドールに古語を読み直させた。
宝玉も剣も保存食の包みも、四人で分けて持ち直した。
十二時間後、石扉が開く。
四本の結界糸に引かれ、四人の足は同時に外へ出た。扉の前に置き去りになった名は、一つもなかった。