説明を閉じない

鴉越ナオキは救難灯の説明窓で視界の半分を塞いだまま、崩れる砦を走った。

《外部救難灯》

説明文を表示している間のみ、現実世界との通信を試行します。

窓を閉じると接続時間はゼロへ戻ります。

「そんなUI、閉じろ!」

仲間は敵兵を避けながら叫ぶ。説明窓のせいで右側が見えず、ナオキは何度も壁へぶつかった。

ログアウト不能になってから、救難灯は役立たずと呼ばれていた。装備しても光らず、使用ボタンもない。皆、説明を一度読んですぐ閉じた。

《接続維持:43秒》

ナオキは窓を開いたまま走る。右から飛ぶ矢は音で避け、段差は仲間の声を頼る。

《接続維持:98秒》

砦の外壁が崩れ、仲間の一人が谷へ落ちかける。説明を閉じれば視界が戻り、助けやすい。だが接続はまたゼロになる。

ナオキは窓越しに手を伸ばし、輪郭だけを頼りに腕を掴んだ。

「閉じろよ! 俺一人より通信だろ!」

「一人を見捨てた通信を、救難とは呼ばない」

二人で這い上がる。

《接続維持:180秒》

《外部応答あり》

説明文の余白へ、現実側の文字が一行ずつ現れた。

《聞こえます。位置を送ってください》

救難灯は光る道具ではない。説明欄そのものが、唯一残された通信画面だった。

敵兵が迫る。仲間たちはナオキを囲み、窓で見えない右側を守る。誰も説明を閉じさせない。

三百秒で砦全体の座標送信が完了し、空に救助門が開く。

最後にナオキが窓を閉じる。久しぶりに全景が見えたとき、敵兵たちも門へ向かっていた。彼らも閉じ込められた接続者だった。

《説明表示時間:300秒》

《外部救難回線を確立》

救助門の向こうで、敵兵の一人が自分の説明窓を見せた。彼らにも同じ救難灯が配られていたが、命令表示が重なるため誰も三秒以上開けなかったという。

ナオキたちは互いの窓を読み合い、見えない側を補いながら進んだ。

説明文を最後まで読むことが知性の証ではない。画面を開いたまま危険を耐える者と、その死角を守る者が必要だった。

外部回線へ最初に送られた文章は座標ではなく、仲間が叫んだ「右から矢」という一言だった。

《アイテム使用成功――読むための文章だと思われていた説明欄は、閉じずに待つ者へ外側から返事が届く通信窓でした》