赤丸の卒業写真

岩永琉生は、古写真をAIで修復する会社に勤めていた。二十七歳。母校から依頼された昭和十一年の卒業写真には、四十人分の氏名があるのに、顔は四十一人写っている。

写真袋の裏へ、校長の字で注意があった。

《卒業写真の中の自分の顔を、赤い丸で囲んではいけない》

この町では、葬儀へ来られなかった者を集合写真に描き足し、後から赤丸で囲んで死者へ知らせる風習があった。丸は本人確認ではなく、「この者を連れて行く」という目印だったらしい。

琉生はAIへ人物を学習させるため、写真内の顔を一人ずつ指定した。四十一人目だけ、現在の琉生と九十八パーセント一致する。もちろん彼は生まれていない時代だ。

誤検出を示す資料にしようと、琉生は一度だけ、その顔を赤い丸で囲んだ。

処理画面が暗転し、丸は写真の端から現在のウェブカメラ映像へ移った。琉生の顔を囲むと、《対象を卒業させます》と表示される。元の写真から四十一人目は消え、代わりに現在の琉生の社員証写真が入った。

処理履歴には、赤丸が写真の人物を指定したのではなく、現在の琉生を写真へ書き出したと記録されていた。保存先は社内サーバーではなく《昭和十一年度》という存在しないドライブ。アクセス権一覧には同級生四十名の名が並び、全員の最終ログイン日は卒業式当日だった。四十一番目のアカウントだけ今もオンラインで、端末名は琉生のスマートフォンだった。

琉生はファイルを閉じた。翌朝、会社の名簿から自分の項目が消え、同僚は席が以前から空いていたと言う。家族グループの過去ログにも、琉生の発言だけが残っていない。

自宅の表札からも名前が消え、郵便受けには《卒業生宛ての配達は終了しました》というシールが貼られていた。隣人は、部屋はずっと空室だと言った。

弟へ電話すると、知らない番号として応答された。

「岩永琉生って、誰ですか」

通話が切れた後、写真アプリが《思い出》を作成した。

《卒業から0年》

表示されたのは、昨夜の卒業写真と、赤丸の中で笑う琉生だった。共有先の候補には家族全員が並び、その下に一つだけ見知らぬ連絡先がある。

《お迎えの方》