赤唐辛子の見張り番
斥候ナスカは、怖がりすぎるという理由で冒険者隊を追放された。
彼女は足跡も風向きも誰より早く読めたが、危険を見つけるたび進軍を止めた。
隊長は「臆病者に報酬はない」と、魔猪の出る辺境へ彼女を置き去りにした。
ナスカは逃げず、荒れ地を耕して赤唐辛子を一列植えた。
魔猪は辛い匂いを嫌うと、古い猟師の日記に書いてあったからだ。夜ごと柵の足跡を調べ、風下へ植え直し、雨で倒れた苗を添え木に結んだ。慎重すぎると言われた性格が、畑では一つも無駄にならなかった。
夏の終わり。
緑の葉の間で、細長い実が赤く光った。
ナスカは革手袋をはめ、最初の一本を摘む。
ぷち、と茎が切れ、鼻先に青く鋭い香りが来た。
一列を進み、二十本だけ籠へ入れる。色づきの浅いものは触れず、虫に食われた実も種用に残す。隊長は何でも早い者勝ちだと言ったが、畑には待ったほうがよいものが多かった。
残りは畑の見張り番として枝に残した。
柵の向こうで、負傷した鷹が落ちた。
脚の手紙は元隊長からだった。
『魔猪の群れに包囲された。道案内として戻れ。以前の報酬も払う』
ナスカは周囲を見た。
森の鳥が一斉に黙り、低い藪が揺れている。
次の瞬間、大きな魔猪が鼻を鳴らして畑へ近づいた。
以前なら剣を抜けと怒鳴られただろう。
ナスカは籠から唐辛子を一本取り、焚き火の炭へ投げた。
皮がぷつりと割れ、辛い煙が地面を這う。
魔猪は盛大なくしゃみをし、来た道へ駆け戻った。
「怖がって正解だったでしょう」
夕方、唐辛子をほんの一片だけ刻み、豆と干し肉の鍋へ落とした。
煮える音とともに、食欲を刺す香りが立つ。
一匙食べる。最初は旨味、次に熱。額へ汗が出て、冷えていた指先まで温まった。
鷹が手紙をつつく。
ナスカは裏へ返事を書いた。
『危険を無視する隊には戻りません。唐辛子なら一袋、銀貨二枚で売ります』
鳥を空へ放し、鍋へパンを浸す。
遠くで魔猪がもう一度くしゃみをした。
ナスカは笑って二口目を食べた。臆病さは欠点ではない。今夜の畑と夕食を守った、誰より頼れる見張り番だった。