赤札の婚約審査
商人令嬢アデラは、貴族との婚約審査で赤札を貼られた。血筋が足りないと言われ、追加寄付を払って侯爵子息ユリウスとの婚約を認めてもらったが、彼の家は持参金を使い果たすと彼女を平民と蔑み、破談にした。
財産を失った倉庫で息絶え、戻ったのは審査所の計量台の前だった。
赤い木札。金貨を量る天秤。審査官は前と同じ声で告げる。
「追加寄付で再審査できます」
一度目のアデラは屈辱に耐え、金貨を積んだ。今度は財布を閉じる。
「再審査ではなく、天秤の監査をお願いします」
ユリウスが小声で笑う。
「恥を増やすだけだ。素直に払えば私と結婚できる」
「私のお金がなければ成立しない婚約なら、買われるのはあなたの方ですね」
アデラは計量皿から錘を一つ取り、床へ落とした。鈍い音がするはずの錘が、軽く跳ねた。前の人生で侯爵家の帳簿を整理した際、審査所へ偽の錘を納めた記録を見つけていた。
監査官が錘を割る。中身は鉛ではなく空洞で、ユリウス家の紋章紙が詰められていた。持参金を実際より少なく見せ、寄付名目でもう一度徴収する仕掛けだ。
さらに帳簿を開くと、同じ手口で赤札を貼られた商人令嬢の名が十人以上並んでいた。アデラは自分の箱だけを救うのではなく、その頁を監査官へ突きつける。待合室から、金貨袋を抱えていた女性たちが一斉に立ち上がった。ユリウス家が集めるはずだった寄付は、その場で一枚残らず引き上げられる。
審査官の顔色が変わる。
「婚姻審査への不正介入を確認。ユリウス家の推薦資格を停止する」
「待て!」
ユリウスはアデラの腕へ手を伸ばした。
「婚約がなくても、投資の話は続けられるだろう?」
前回は一度も頭を下げなかった男が、金貨の前でだけ声を柔らかくした。アデラはその手を避け、赤札を自分の持参金箱から剥がす。
札の下に隠れていた審査板が青く光った。
《資産基準:単独で合格》
《商業爵位審査:申請可能》
婚約者の家へ入らなければ得られないと思っていた扉が、自分の名で開いた。アデラは金貨箱を閉じ、今度は誰にも一枚も払わなかった。