逆再生の子守歌

死んだ息子の声は、子守歌を逆再生すると戻ってきた。

古いカセットは、息子の机の奥にあった。表には私の字で《ねむれ、ねむれ》とあるが、録音した記憶はない。再生すると私の歌だけが流れ、逆回転にすると、歌の隙間から少年の声が聞こえた。

『お母さん、聞こえる?』

息子は六歳で事故に遭った。声も、少し舌足らずな話し方も同じだった。私は家族しか知らない合言葉を尋ねた。逆回転の声は正しく答え、さらに「それ、来年ぼくが決めるんだよ」と笑った。

「どこにいるの?」

『ぼくの部屋。でも、壁が青い』

息子の部屋は白い壁紙だった。青い壁は、私が子どもの頃に使っていた実家の部屋だ。彼は机の上に赤い目覚まし時計があり、窓の外に大きな柿の木が見えると言った。どちらも三十年前に処分されている。

声へ返事をするには、空白部分へ自分の言葉を録音し、巻き戻せばよかった。次の日には息子の答えが増えている。テープの残量は減らず、むしろ会話のたび長くなった。録音日時の表示だけが、六年先へ進んでいった。

「寂しくない?」

『女の子がいるよ。ぼくの歌を聞いてる』

「誰?」

『お母さんと同じ名前。でも八歳だって』

胸がざわついた。八歳の私は、青い部屋で拾ったカセットを何度も聴いたことがある。意味のない逆さ言葉が怖くなり、母に叱られて捨てたはずだ。

息子は未来の玩具や、まだ建っていない駅の話もした。事故の日を尋ねると、彼は「まだずっと先」と答えた。

「あなたは、いつ死んだの?」

『二〇三二年の夏』

私は手元のカレンダーを見た。今は二〇二六年。廊下から足音がして、六歳の息子が眠そうな顔を出した。

「お母さん、誰と話してるの?」

カセットから聞こえる声と同じだった。

机の向こうで、生きている六歳の息子が目をこする。液晶には《二〇三二年七月》が点滅していた。

テープが再び回り、十二歳の声が言った。

『お母さん、事故の日、この道だけは通らないで』

子守歌は、墓からではなく六年先から届いていた。