遺影の前の通知書

父の四十九日、斎庭真郷は仏間へ三通の封筒を持って入った。

妻の椿原美菜穂と、家業の専務・乙守康史は、遺影の前でも親しげだった。

「真郷は父親に守られていただけ。会社は康史さんが回しているの」

美菜穂はそう言い、議決権委任状を差し出した。真郷が相続した株式を康史へ預ければ、経営から離れても生活費は保証するという。

康史はペンを置いた。

「数字が苦手な君には、そのほうが楽だ」

真郷は委任状ではなく、一通目の封筒を開いた。

中には取締役会の調査報告。康史と美菜穂は会社の別荘を密会に使い、架空の市場調査費で旅行代を精算していた。社用メールには、真郷を名目上の株主にし、二人で実権を取る計画まで残っている。

「死人のパソコンを勝手に見たのか」

康史が言う。

「父の遺品ではない。会社の監査サーバーだ」

二通目は、公証人が保全した不貞の証拠だった。別荘の入退室記録、寝室前のカメラ、ホテル記録、メッセージの原本。美菜穂が真郷を“判を押すだけの夫”と嘲る音声もある。

襖の向こうから、取締役と親族が静かに入ってきた。

臨時取締役会は、康史の解任と懲戒処分、損害賠償請求を全会一致で決議していた。美菜穂も会社の顧問契約を解除される。真郷の弁護士は二人へ慰謝料請求を渡した。

美菜穂の両親は娘へ、実家へ戻ることを認めないと告げた。斎庭家の母も、美菜穂を親族行事から外すと宣言した。

三通目は、父が生前に用意した経営承継計画だった。真郷は数字が苦手なのではなく、現場の技術部門を任されていた。父は株式と議決権を真郷へ集中させ、外部監査を強化する手続きを完了していた。

「父さんは、康史さんを信じてなかったの?」

真郷は遺影を見た。

「信じるために、記録を残したんだ」

司法書士が株主名簿を更新し、康史の役員欄を削除する。美菜穂の代理権も失効した。

遺影の前で三通目の受領印が乾いた瞬間、判を押すだけと笑われた真郷の一票が、二人を会社と親族の外へ確定させた。