録音された寝息

妻は、昨夜ずっと隣で眠っていた。

そう話しても、刑事は手帳から顔を上げなかった。妻が家を出た形跡はなく、玄関の靴も、財布も、携帯電話も残っている。朝起きるとベッドだけが空だった、と私は何度目かの説明をした。

「夜中に目は覚めませんでしたか」

「何度か。寝息を聞いて、また眠りました」

私は枕元の小型録音機を見せた。睡眠時の呼吸を調べるため、毎晩音を残している。昨夜のデータには、二人分の寝息が入っているはずだった。

刑事は再生ボタンを押した。

暗い部屋の音。カーテンを揺らす風。エアコンの低い唸り。私の大きな呼吸。その奥に、妻の細い寝息が続く。三分ほどして、短い咳が一つ入った。

「確かに奥さんですね」

若い刑事が言う。年上の刑事は答えず、そのまま聞き続けた。

飼い猫が録音機のそばへ来た。妻の咳がもう一度流れたが、耳も動かさない。生きた妻が咳をすると、いつも心配して顔を寄せる猫だった。

「猫は録音だと分かるんでしょう」

私は笑った。

再生から六分後、同じ咳が入った。音量も間も、前とまったく同じだった。私は、癖だから、と言った。妻は眠ると一定の間隔で喉を鳴らすことがある。

年上の刑事が時計を見た。

「最初の咳から、四十七秒。次も四十七秒。その次も」

彼は録音を止め、波形を拡大した。細い寝息の列が、同じ形で何度も並んでいる。

私は水を飲んだ。グラスが歯に当たって鳴った。

「機械の不具合では」

「元データを調べれば分かります」

刑事は録音機を証拠袋へ入れた。私はベッドの端を見つめる。シーツは朝、自分で乱した。妻の枕だけは、香りが残るよう洗わなかった。

猫が押入れの前で鳴いた。

年上の刑事が四十七秒の音を切り出し、日時情報を表示した。録音日は昨夜ではなく、一週間前だった。

妻は昨夜、隣で眠っていない。同じ寝息を夜通し繰り返していただけだ。

刑事が押入れへ手をかける。私は止めなかった。中に妻はいない。三日前、録音が終わるまで待ってから、山へ運んだ。