鏡の外で並ぶ影
鏡騎士キリクは、主人の影より半歩後ろにしか立てない。
笑えば笑い、歩けば歩き、剣を抜けば同じ相手を斬る。
胸の鏡面呪印が、所有者の姿を命令として映すからだ。
幻術師レオナが古城で見つけたとき、キリクの主人はとうに死んでいた。
それでも大鏡には領主の最期の姿――剣を振り上げた瞬間――が焼きつき、騎士は三十年間、同じ斬撃を繰り返している。
「鏡へ私の姿を映せば止められる」
レオナの助手が言う。
「あなたの影に上書きするんです」
たしかに簡単だ。
レオナが鏡前へ立てば、キリクは彼女を新しい主人と認める。
彼女は鏡へ近づいた。
キリクの剣が自分と同じ角度で止まる。
「次は、私をまねないで」
「不可能だ」
「では、目を閉じて」
「命令か」
「提案よ。見たくなければ見ていてもいい」
キリクは迷った末、まぶたを閉じた。
レオナは鏡を割らなかった。
割れた像が百の命令になれば、騎士も百に裂ける。
鏡を壁から外し、裏面の銀だけを削り始める。
領主の姿が少しずつ薄くなる。
同時にキリクの胸の鏡面も曇った。
最後の銀箔を布で拭い取ると、大鏡は透明な一枚の硝子になった。
向こう側の朝日が差し込み、領主の姿はどこにもない。
キリクが目を開く。
レオナが右手を上げても、彼の手は上がらない。
確かめるように彼は左足だけを前へ出した。鏡にも、レオナにもない動きだった。その一歩に、三十年分の驚きがあった。
「外へ行って」
彼女は中庭を示す。
「もう半歩後ろでなくていい」
騎士は剣を持ったまま門を出た。
初めて見る町へ、自由な足で歩いていく。
夕方、レオナが透明になった鏡を片づけていると、門の外に人影が戻った。
キリクだった。
彼はレオナの背後ではなく、隣に立つ。
剣を足元へ置き、夕日に伸びた地面を指した。
「三十年、俺には主人と重なる影しかなかった」
そこには二本の影が、触れずに並んでいる。
「この距離であなたを守る仕事はあるか」
レオナが半歩横へ動いても、キリクはまねなかった。
ただ自分で選んだ場所に、自分の影を置き続けた。