閉店ベルと猫の客

町の小さな書店は、日曜で閉店する。

店主は売れ残った本を箱へ詰めながら、店の裏で世話した野良猫たちを思い出した。

雨の日に入ってきた三毛。

脚を怪我した黒猫。

毎晩、読み聞かせをすると棚の上で眠った白猫。

猫たちは皆、里親へ渡るか、いつの間にか姿を消した。

最後の営業日、開店と同時に見知らぬ客が入った。

三色の髪の女性。

黒い杖をつく老人。

白い帽子の子ども。

どの客も、昔の猫と同じ目をしている。

助けられた猫は一度だけ人の姿で戻り、店主が当時読んだ本を一冊買える。

閉店ベルが鳴るまでの恩返しだった。

三色の女性は、雨音の絵本を選んだ。

黒い老人は、脚の悪い探偵が歩く小説。

白い子どもは、魚が空を飛ぶ童話。

代金は、寝床にしていた場所で見つけた硬貨だった。

百円、十円、古い外国の硬貨。

本の値段には足りない。

「恩返しなのに赤字」

店主が言うと、客たちは猫のように目を細めた。

「値札を読めません」

「人の時だけでしょう」

「猫の頃に覚えた本しか読めません」

午後になると、普通の客も増えた。

人の姿の猫たちが店内を歩くので、何かの催しだと思われたらしい。

子どもたちは床へ座り、白い子どもへ本を読んでもらった。

黒い老人は、客の鞄へ勝手に頬を寄せて怒られた。

店主は久しぶりに声を出して笑った。

閉店ベルの前、最後の一人が来た。

ずっと店の軒下にいた老猫が、若い男の姿になっている。

何も選ばず、空になった棚を見た。

「読む本がない?」

「聞きたい本がある」

男が指したのは、店主の帳簿だった。

店主は、閉店理由を読み上げた。

売上不足。

体力。

家賃。

数字だけの文章だった。

男は首を振る。

「猫へ読んだ声で」

店主は帳簿を閉じ、

「寂しい。続けたい。でも、この形では無理」

と話した。

ベルが鳴る。

猫の客たちは、本を抱えたまま一斉に元の姿へ戻り、開いた扉から町へ散った。

買った本だけが床へ残る。

閉店後、読み聞かせを聞いていた親子が尋ねた。

「店はなくなっても、どこかで続けませんか」

店主は地域会館の一室を月に二度借り、本の交換会を始めた。

棚も販売もない。

参加者が一冊持ち寄り、店主が一冊読む。

猫たちの硬貨は額へ入れず、会場費の最初の支払いに使った。

足りない分は人間が出した。

閉じたのは書店で、本との居場所ではなかった。

猫の客が最後に買ったのは、店主が自分の本音を声にする時間だった。