障害告知の主語

広報代行会社の夜勤で、安達実紅が納品箱を閉じた午前四時半、決済アプリ会社から最後の依頼が届いた。

〈午前五時までに障害告知を作成。利用者側の通信環境も原因になり得る表現で〉

添付された草案には、〈一部のお客様において、通信状況により決済しづらい事象が発生しました〉とある。だが監視記録では、全利用者の決済が四十七分間止まり、原因は会社側の更新作業だった。

後輩は「先方指定なので、このまま整えます」と敬語だけ直し始めた。

実紅はログの時刻と問い合わせ件数を並べた。店舗では客が支払えず、商品を戻したという報告もある。利用者の通信へ原因を散らせば、再試行を続けさせるだけだ。

「主語を戻します。『当社の更新作業により』です」

担当者は電話で、「断定すると補償の話になる。柔らかくしてほしい」と言った。

「事実を柔らかくすると、利用者が自分の端末を疑います。復旧済みの範囲と、再発防止を分けて書きます」

実紅は、発生時刻、影響範囲、復旧時刻を短く並べ、原因調査中の部分だけを調査中とした。謝罪の前に言い訳を置かず、問い合わせ先も一つにまとめる。担当者へ、元の草案と修正版の差分を送った。

五時二分、修正版が公開された。SNSには厳しい反応もあったが、「こちらの通信のせいではなかったと分かった」という投稿が増えた。問い合わせ窓口でも、端末の再設定を案内する必要がなくなり、復旧確認へ会話を集中できた。

後輩は、元の草案を保存したまま尋ねた。

「先方に逆らったことになりませんか」

「依頼されたのは、責任を消すことじゃなくて、告知を作ること。違う仕事に変わったら、確認する」

実紅は差分と承認記録を案件フォルダへ残した。机の別画面には、三か月前から書きかけの退職届がある。事実より機嫌を整える夜勤を続けるか、迷うたび保存だけしてきた。

今夜、正しい文章を出せたのは、会社の方針ではなく、自分が一度止めたからだった。

実紅は退職届の送信予約を解除し、その場で送信した。