雨を止めない屋根
矢島慧悟の家の屋根から雨が落ち始めたのは、台風の目が過ぎた直後だった。修理に来た桂木匡哉は、屋根職人の道具を持っていた。
「他に頼めなかったのか」
「電話に出たのがお前だけだ」
大学のアメリカンフットボール部で、二人は同じ攻撃ラインにいた。慧悟がブロックを外し、後輩のクォーターバックが首を痛めた。匡哉は事故報告書に見たままを書き、監督の指示を隠さなかった。部は処分され、慧悟はチームを売ったと匡哉を責めた。負傷した後輩は歩けるまで回復したが、二人のどちらにも会おうとはしなかった。
今、慧悟は祖父の古い家に一人で住んでいる。台所には三つのバケツが並び、天井から一定の間隔で雫が落ちていた。
雨が弱まった隙に、二人は梯子を上った。瓦が二枚ずれ、防水紙が裂けている。匡哉がロープを棟へ回し、慧悟が腰へ結ぶ。
「俺を支えるの、嫌じゃないのか」
「落ちたら仕事が増える」
慧悟は瓦を持ち上げ、匡哉が補修シートを差し込む。風が来るたび、二人は屋根へ伏せた。現役時代、肩を並べて相手の突進を受けた姿勢と同じだった。
「報告書、俺の名前を消せたろ」
「消したら、次も同じことが起きた」
「正しかったって言いたいのか」
「今も分からない。ただ、嘘は書けなかった」
慧悟は瓦を戻した。完全な修理ではなく、晴れた日に業者が下地から直す必要がある。今夜の雨をしのぐだけだ。
下へ降りると、台所の一つ目と二つ目のバケツにはもう水が落ちなかった。三つ目だけ、ぽつり、ぽつりと鳴っている。
匡哉が帰ろうとすると、慧悟は濡れた作業着を洗濯機へ放り込んだ。
「乾くまで待て」
「明日の現場がある」
「朝、屋根を見ろ。仮止めだろ」
慧悟は押し入れから祖父の作業着を出し、匡哉へ渡した。丈は少し短い。食卓には、停電に備えて炊いた飯が二膳分あった。
夜半、また雨が強くなった。三つ目のバケツの音は止まらない。匡哉は帰宅アプリの配車を取り消し、工具箱を玄関の内側へ置いた。慧悟はそこへ、錆びた門の鍵を乗せた。