雪が解ける前に

「雪が解けるまで、待とう」

子どものころ、何かを決められない羽柴灯へ、志摩怜央はよくそう言った。雪だるまを壊すか、転校する先生へ手紙を渡すか。春になれば気持ちも変わるから、と。

二十三歳の冬、灯の母が倒れた。灯は東京の内定を辞退して故郷に残り、怜央は予定どおり都会へ就職した。彼から届いた《何かできる?》という連絡へ、灯は《大丈夫。待ってて》と返した。

何を待ってほしいのか、自分でも分からなかった。母の回復か、生活の余裕か、好きだと言える日か。春は何度も来たのに、連絡は短くなるばかりだった。

六年後の大雪の日、灯は母の通院を終えた帰り、運休したローカル線の車内で怜央と再会した。彼は出張で町へ来ていた。向かいの席で近況を話し、母が今は元気だと伝える。

「じゃあ、もう東京へ戻れる?」

「戻る、って言えるほど住んでないよ」

「そうか」

怜央の声が沈んだ。灯は彼が都会の暮らしを守りたいのだと思った。怜央も、灯が町を離れたくないのだと思っているようだった。

列車は、降り積もる雪の中で二時間動かない。暖房の弱い車内で、怜央が自分のマフラーを灯へ巻いた。端から、転職先の社員証が落ちる。勤務地は灯が来月から働く予定の街だった。

「どうして?」

「リモート中心の会社に移った。灯の町にも通えると思って」

「私は来月、その街へ引っ越す」

二人は顔を見合わせ、同時に笑った。待つことに慣れすぎて、互いの現在を尋ねていなかった。

怜央はスマホで来月最初の土曜を開き、二人の新居の中間にある店を登録した。灯は承諾し、その翌週に家具店の予定を追加する。

「家具まで?」

「一人で決めると、また六年待ちそうだから」

列車が動き出す。揺れた拍子に重なった手を、灯はそのまま握った。怜央も指を絡める。

雪が解けるまで待とう、と昔は言った。

けれど窓の外がまだ白いその日、二人は春を待たずに次の土曜日を決めた。幼なじみのまま止まっていた時間は、雪より先に動き始めた。