雪崩鐘を黙らせた署名
山城で冬至の宴が始まるころ、雪崩警報の鐘が三度鳴った。
鐘守ユディカ・レンが四度目を打とうとすると、フェルクス・グラド伯爵が宴装束のまま鐘楼へ上がってきた。
「うるさい。客が音楽を楽しめぬ」
「北斜面の雪圧が限界です。谷の村を避難させます」
「私の宴を雪の都合で止めるな」
伯爵は鐘槌を奪い、警報索を切ろうとした。谷から来た給仕たちが青ざめても、杯を掲げて笑う。
「村が埋まれば春に建て直せばよい。今夜は鳴らすな」
ユディカは停止命令板を差し出した。
「鐘を止めるには、責任者の署名が必要です」
フェルクスは〈宴席の静粛を優先し、雪崩警報を停止。避難命令は出さない〉と書き殴り、家紋印を押した。さらに鐘槌を床へ投げる。
その衝撃で、鐘の内側に銀色の文字が浮かんだ。
山岳警報鐘は、停止命令を受けると、命令板の全文と署名者の声を王立山岳庁へ送る。同時に、領主が止めた場合だけ予備鐘が自動で鳴る。谷の向こうから、低く連続した避難鐘が響き始めた。
「止めろ! 私が領主だぞ!」
「だから予備鐘が動きました」
ユディカが窓を開けると、村の家々から避難灯が一本ずつ山道へ移動している。王立山岳隊も橇で城門へ到着した。
隊長は雪圧水晶を掲げた。北斜面は危険域を示す黒。伯爵家の宴会記録には、警報が鳴った後も百人分の客を城へ留める命令があり、承認者はフェルクスだった。
伯爵は停止命令板を奪って炉へ投げようとしたが、板は銀鎖で鐘とつながり、動かなかった。署名した者自身には外せない安全機構である。
遠くで大きな雪煙が上がった。雪崩は無人になった旧道へ流れ、避難した村人たちの灯はすべて高台にあった。宴の音楽だけが、いつの間にか止まっている。給仕たちは杯を置き、谷へ続く避難灯の数を一緒に数えた。
山岳隊長は銀文字を封印し、令状を読み上げた。
「フェルクス・グラド。災害警報妨害、避難命令の不法停止および住民への重大危険行為により、王立山岳庁は貴殿を拘束する」