雲上書房の浮かぶ午後

カヤは空運会社の貨物員だった。

革の飛行服は膝と肘が擦り切れ、背中の留め具には緊急出航札が何枚も挟まっている。空賊が出ても、嵐でも、欠員がいれば「飛べる者が飛べ」と押し出された。

退職後、彼女は小さな浮島ごと古書店を買った。店は雲の上を流れ、強風のたびに壁板が外れた。

最初の夜、カヤは修理綱を握ったまま眠ってしまった。朝、目を覚ますと、雲が細い指のように店を包み、外れた板を元へ押し戻していた。裂けた気嚢は白い綿雲を吸い、穴を塞ぐ。浮島そのものが店を守っていた。

読者は地上の注文箱へ題名を書き、風筒へ入れる。店の羽根本が本を包み、下降気流へ乗せて届ける。貸出料は自動で精算され、カヤには一日一度だけ通知が届く。

《空輸貸本料、入金。係留費および生活費を充足》

そこへ元船長の声が割り込んだ。

『三号艇の機関士が倒れた。すぐ港へ来い。お前なら飛べる』

「今日は飛びません」

『天候は安定している。断る理由がない』

「飛べることは、飛ばなければならない理由になりません」

『仲間を見捨てるのか』

「欠員を一人で埋め続ける会社を降りただけです」

通話を切ると、突風が看板を巻き上げた。雲の指がするりと伸び、看板を元の鎖へ戻す。

下降気流から、一羽の紙鳥が戻ってきた。常連客の返却便で、翼に短い伝言が書かれている。〈続きは急ぎません。風のよい日に〉。空運会社では、荷札のすべてに至急印が押されていた。急がない荷物など存在しないことにされていたのだ。カヤは伝言を店の壁へ留めた。紙鳥がぶつけた小さなへこみは、雲が撫でるうちに消える。店も本も客も、次の風を待てる。彼女だけが待てない理由はなかった。

カヤは貸出機構を自動へ切り替え、店の外へ雲布の寝台を広げた。下には小さな町、上には青空しかない。

一冊売れるたび、雲鈴が遠慮がちに鳴る。それもやがて風へ溶けた。

飛行服を枕にし、通知端末を本の下へ隠す。浮島がどこへ流れるかも決めず、彼女は雲の揺れに身を任せて昼寝を始めた。