零点の錬金術師
「魔力ゼロでは、石ころを石ころのまま温めるだけだ」
錬金科の試験官ベネディクトは、柊木奏多の机へ鉄屑を一掴み投げた。課題は素材を精錬し、銅貨一枚分の金属を作ること。周囲の生徒には銀鉱石や魔獣骨が配られ、奏多だけが廃棄物だった。
鉄屑の中には、昨日まで誰かの道具だった留め金が混じっていた。
彼は抗議せず、錬金炉の価格表示を見た。
転生前、奏多は会計士だった。この世界で得た能力は、物質を変えるのではなく、価値の釣り合いを世界に強制するものだった。
試験開始直後、学院地下の賢者炉が暴走した。
貴族生が高価な触媒を過剰投入し、炉が周囲の生命力まで代価として徴収し始めたのだ。生徒たちの顔色が失われ、金や宝石を投げ込んでも徴収は止まらない。炉の側面には代価の残量が数字で刻まれ、二百三十七から一人ずつ減っていく。試験官は緊急停止鍵を持っていたが、自分の寿命まで取られることを恐れ、鍵穴へ近づこうとしなかった。
試験官は扉を閉め、自分だけ逃げようとした。
奏多は鉄屑を掌へ載せる。
《能力・絶対等価――指定した取引一件の価値を、一度だけ完全に釣り合わせる》
「この鉄屑と、炉が奪った全員の命を等価にする」
世界が計算を始めた。
鉄屑が白く輝き、賢者炉から生命力が逆流する。倒れかけていた生徒たちの頬に色が戻り、地下の炎は一瞬で消えた。
奏多の掌には、豆粒ほどの透明な結晶が残った。
価値測定天秤へ置くと、反対側の皿に学院の金庫、王都の土地、王冠の宝石を示す幻影が次々と積まれる。それでも釣り合わない。最後に天秤は《生命二百三十七名分》と表示し、支柱から溶け落ちた。
賢者の石だった。
奏多は二つ目を作らない。結晶を、助かった生徒たちの前へ置いただけだ。
逃げかけたベネディクトは扉に手を掛けたまま固まる。王立錬金院総裁ミネルヴァが立ち上がり、奏多の零点答案を破り捨てた。
「銅貨一枚分を作る試験でした」
総裁は、値をつけられない結晶を両手で捧げ持つ。
「命を安く扱った学院へ、あなたが正しい価格を教えた。採点されるべきは、我々です」
零点だった欄に、《監査官》の三文字が刻まれた。