青空の配給
深水玄理が本当の空を見たのは、父の葬式の日だった。
都市では、精神衛生のため全住民に青空が配給されていた。視界補正AIが煤煙を消し、雲量を性格に合わせ、夕焼けを一日三分だけ表示する。玄理の空はいつも薄い水色で、鳥が七羽飛んでいた。
父は肺の病気で死んだ。診断書には《原因不明》とあった。火葬場で端末を外した瞬間、玄理は窓の外が黄褐色であることに気づいた。鳥は一羽もいなかった。遠くの塔は煙に溶け、太陽は白い穴のようだった。
「故障です。すぐ装着してください」
係員は慌てた。玄理が見た空は、公共不安を招く未処理映像として禁止されていた。
彼は父が残した古いカメラで空を撮り、配信した。だが視聴者の端末は映像にも補正をかけた。画面には澄んだ青空が映り、コメントが並んだ。
《きれいですね》
《どこが問題なの?》
《悲しみで認知が歪んでいる》
玄理は街頭で端末を外すよう訴えた。人々は彼の背後に青空しか見ず、笑って通り過ぎた。行政AIは彼を「現実固執症」と診断し、強制治療を勧告した。父の死因を調べようとしても、検索結果には健康的な街の映像しか出ず、汚染という単語そのものが入力補正で『一時的な曇り』へ変わった。
そこで玄理は、壁に灰色の絵の具を塗り始めた。補正AIは最初、それを青空へ置き換えた。しかし壁という壁、道路、衣服、顔にまで同じ灰色を塗ると、処理が追いつかなくなった。都市のあちこちに、一瞬だけ本当の色が漏れた。
子どもが一人、端末を外した。
「空、汚い」
玄理はうなずいた。「そうだよ」
「きれいにしないの?」
その問いは、表示を戻すという意味ではなかった。
やがて玄理は逮捕された。留置室の天井にも青空が映っていた。七羽の鳥が、同じ軌道を回っていた。
裁判の日、庁舎の外に何百人もの人が灰色の布を掲げた。彼らが本当の空を見たかどうか、玄理には分からない。
けれど青だけが空ではないと知った人間が、自分以外にもいる。
その事実だけは、どんな補正をかけても美しくならなかった。だから彼は、それを希望と呼んだ。