面接室のドアを開けたまま

放課後の面接練習で、私は「教師になりたい」と答えた。

面接官役の進路主任は、志望理由を聞いた。

「子どもの成長を支えたいからです」

何度も練習した文章だった。

主任は評価表に何も書かなかった。

「本当に?」

私はうなずいた。

「では、なぜ調理師学校の資料を持っている」

鞄から少し見えていた。

父は教師、母も教師。家では、私も教育学部へ進むことが当然になっていた。

けれど私は、給食室の匂いが好きだった。文化祭の模擬店で百人分の料理を作ったとき、初めて疲れることが楽しいと思った。

「料理は趣味です」

「趣味にするのは誰が決めた」

主任の声は静かだった。

「東京の調理師学校は学費が高いです。就職も厳しいし」

「だから教師になりたい?」

「教師なら地元で働けます」

「それは条件だ。希望ではない」

面接室のドアは閉まっていた。

急に息苦しくなり、私は立って開けた。

廊下の冷たい空気が入った。

「親に言ったら、がっかりします」

「するかもしれない」

否定されなかったことに驚いた。

「夢を応援してくれるとは限らない。でも、言わずに教師になったら、生徒へ進路を考えろと言えるか」

主任は自分も親の希望で銀行へ就職し、三年後に教員免許を取り直したと話した。

「遠回りしたんですね」

「今も遠回りの途中だ」

家に帰り、両親へ話した。

父は黙り、母は泣いた。

「教師が嫌なの?」

「嫌いじゃない。でも、自分がなりたいか分からない」

三日間、食卓の会話が減った。

その後、父が地元のホテルの調理部門で働く卒業生を探してくれた。東京だけでなく、県内の専門学校や就職の道も調べた。

私は地元の調理師学校を選んだ。東京の有名校ではない。家から通い、奨学金を抑え、卒業後はホテルで経験を積む。

最初に思い描いた夢とは違う形だった。

面接本番、「なぜ地元の学校を選んだか」と聞かれた。

「夢を現実にするため、家族と喧嘩して調べ直した結果です」

面接官が少し笑った。

合格後、進路主任へ報告に行った。

面接室のドアは開いていた。

「閉めますか」

私が聞くと、主任は首を振った。

「そのままでいい」

廊下には、次の面接練習を待つ生徒たちがいた。

私の答えは、閉じた部屋で覚えた模範解答ではなくなっていた。