頁の端の天気予報
三枝未央が働く美容室の休憩室には、客が置いていった古いエッセイ集がある。最近、頁の端に晴れ、曇り、雨の小さな記号が増え始めた。
未央は指名客の多さを、自分が店に必要な証拠にしていた。頭が割れそうな日も予約を減らさず、薬が効くまで笑顔を保った。以前、店長に相談して勤務を外された先輩を見ていたため、体調を口にすれば仕事ごと失うと思っていたのだ。雨印の頁を読むと腹が立つのに、同じ日はなぜか難しい施術が一件だけ減った。誰かの気遣いを認めれば、自分の弱さまで認めるようで迷った。
不思議なのは、外が晴れている日にも雨印があることだ。その日は決まって未央の片頭痛がひどく、印のついた頁には〈休む技術〉や〈頼る練習〉の文章があった。
本に触れられるのは、店長の鬼塚、後輩の津守、タオルを運ぶ木暮の三人だった。
手掛かりは三つ。記号は天気ではなく気圧アプリの表示と一致する。使われた短い鉛筆は救急箱に入っていたもの。そして雨印の日だけ、未央の重いカラー予約が津守の枠へ自然に移されていた。
鬼塚は記号を見て「絵心がなさすぎる」と笑い、木暮は休憩室へ入らない。津守だけが翌週の気圧を未央より先に知っていた。問いただす前、彼が重い薬剤箱を自分の側へ移すのを見て、未央は怒る理由を少し失った。
閉店後、未央は救急箱の前で津守を捕まえた。
彼は謝りながら、本へ雨印を書いた。未央は体調を理由に仕事を減らされるのが嫌で、頭痛を隠していた。それを知る津守は、直接心配すれば「大丈夫」と言われると思い、予約の交換を偶然に見せていた。
「去年、僕が施術中に息ができなくなった時、先輩は理由を聞かず裏へ出してくれたでしょう。あれを返したかった」
彼はパニック発作を誰にも知られたくなかった。その遠慮を未央が守ったから、同じ形で守ろうとしたという。
未央は雨印の横へ傘を一本描いた。
「休むだけじゃなく、二人で持つ印」
「予約表にも描きます?」
「それは怒られる」
鬼塚が黙って置いていった生姜湯を二人で飲む。喉の奥が温まり、未央のこめかみも少し緩んだ。
一口のあと、彼女は言った。
「次の低気圧、半分お願いします」
津守は傘印へ丸をつけた。
「相合傘で」