頂上へ届く一文

冬季単独登頂の衛星ログが途切れるたび、片瀬岳杜はベースキャンプの自分へ一文を送った。

〈第三岩塔の右を巻け。〉

標高八千メートル未踏ルート。頂上へ立ち、生存確認を送れば世界初記録とスポンサー契約を得る。岳杜のハーネスには、亡くなった相棒の赤いカラビナがついていた。

一周目は第三岩塔で滑落。二周目、右を巻くと雪庇が崩れた。目を開ければまた出発前、赤いカラビナ、同じ無線。

三周目は天候、五周目は酸素使用量、八周目は固定ロープの位置を一文にした。

〈第三右、標高7420で酸素交換、青杭から十二歩左。〉

十一周目、岳杜は頂上へ立った。雲海の上で生存信号を送り、世界初の表示を見た。成功条件達成。

確定用端末を開くと、登頂ルートの原案が表示された。作成者欄には岳杜の名だけ。だが赤いカラビナの内側には、相棒が刻んだ座標がある。三年前、相棒はこのルートを発見し、下山中に死亡した。岳杜は遺品のノートを自分の計画としてスポンサーへ提出し、「共同研究だった」とだけ説明した。

未来からの一文は、相棒の残した線をなぞって頂上へ届いただけだった。

端末が起点の指示を求める。送れば記録は岳杜一人のものとして固定される。送らなければ、また出発前。

彼は風の中で赤いカラビナを外し、別の一文を入力した。

〈遠征を中止し、ルート原案は亡き相棒のものだとスポンサーへ公表しろ。〉

ベースキャンプへ戻る。

岳杜は登攀許可証を破り、相棒のノートを公開した。スポンサーは契約違反で損害賠償を請求し、山岳会は記録捏造として彼を除名。借金を返すため装備の大半を売り、長年集めた遠征日誌も競売へ出した。未踏ルートには後年、相棒の姓がついた。初登者の報告書に岳杜は情報提供者としてさえ記されず、山岳誌は彼の過去の記録を参考外にした。

岳杜の名は記録にない。

彼は赤いカラビナだけを残し、低山の登山道整備員になった。春、標高八百メートルの道でそれを柵へ掛ける。頂上は木々に隠れて見えなかった。

衛星端末は沈黙したまま、風だけが一文より長く山を越えていった。