飲めない二つの紙杯
全国知識選手権の決勝で、須賀は防音ブースに一人で入り、封を切ったばかりの問題に全問正解した。外部通信は遮断され、監督席から問題文は見えないはずだった。ところが審査員は、最終問題の答えが大会資料の誤植まで一致したことから、不正を疑った。
容疑者は出場者の須賀、監督員の長尾、音響技師の鐘ヶ江。優勝すれば須賀には奨学金、長尾には指導者賞が与えられ、鐘ヶ江は大会運営の不備を隠す立場にあった。ブース内には水用の紙コップが一つ、隣の機材室にも同じコップが一つ残っていた。長尾は機材室で進行表を読み、鐘ヶ江は廊下の操作卓にいたと話した。壁は厚く、普通の囁きなら隣室へ届かない。
審査委員の明石は二つの紙杯を並べた。
「通信の方法は三つの手掛かりで足ります」
一つ目。二つとも底の中心に針ほどの穴が開いている。製造時の穴ではなく、内側から押し抜かれていた。
二つ目。双方の穴と、二室をつなぐ換気口から、同じ赤い蝋引き糸の短い繊維が採取された。
三つ目。機材室側のコップには長尾の名札シールが貼られ、ブース側には須賀の指紋がある。鐘ヶ江はどちらにも触れていない。
須賀は知識だけで解いたと胸を張り、長尾は問題画面を見ていないと言い、鐘ヶ江は音声回線が遮断されていたと説明した。明石は電子機器を疑わず、紙と糸だけを見た。
長尾は「飾り糸が偶然入った」と言った。
明石は糸を二つの底へ通し、離れて持つよう係員へ頼んだ。片方で囁くと、もう片方の紙底が小さく震えた。
「二つの紙コップを赤い糸で結び、糸を換気口へ通せば、簡単な糸電話になります。長尾さんは機材室で問題をモニターし、須賀さんへ答えを囁いた。二つの穴、三か所に残る同じ糸、両端を握った人物の痕跡。この三点が通信路と共犯者を同時に示します」明石が糸を張ると、紙杯はもう水を飲む道具には見えなかった。大会本部は須賀の優勝を取り消し、長尾の声が届いた全問を無効とした。通信遮断装置が止めたのは電波だけで、張られた一本の糸までは止められなかったのである。