駅前を巻き取る
藤波乃絵は、常盤写真所へ一本のパノラマ写真を持ち込んだ。再開発前の駅前商店街を、端から端まで写した長い一枚だった。
中央には、祖父母が営んでいた文具店がある。今はシャッターを下ろし、建物の明け渡し期限も決まっている。乃絵は権利者として移転補償の同意書へ署名する予定だった。店を残せる見込みはない。だからせめて写真を小さく切り、祖父母の店だけ額に入れようと思った。
店主は写真をカウンターいっぱいに広げた。金物屋、時計店、空き地、文具店、八百屋。巻き癖を押さえるため、左右へ重しを置く。文具店だけなら、全体の五分の一で足りた。
切り取り線を探していた乃絵は、写真のいちばん端に、小さな人影を見つけた。高校生の自分だった。閉店後のシャッターへ、手書きの紙を貼っている。
〈いつか、ここで印刷室をする〉
美術部で作った活版カードを売ろうとして、祖父に笑われた日のことを思い出した。笑われたといっても、馬鹿にされたのではない。祖父は翌週、店の奥を一棚空けてくれた。乃絵は大学へ進むと興味を失い、紙も活字も箱へ戻した。
店主は文具店だけを囲う定規を外した。パノラマ全体の長さを測り、特注額の見積もりを書き始める。高額だった。次に、切らずに保存するための筒の値段を書いた。こちらはずっと安い。どちらにしても、端の高校生は残る。
「店だけなら、普通の額に入りますよね」
店主はうなずいたが、鋏を持たなかった。代わりに写真を右端からゆっくり巻き始め、高校生の姿が最後まで外側に見える向きで止めた。
乃絵は同意書の期限を思った。建物は残せない。夢を思い出したからといって、急に店を継げるわけでもない。ただ、引き渡しまでの四か月、空の店舗をそのまま閉じておく必要もなかった。
「切らずに、筒でお願いします」
店主は会計を済ませ、巻いた写真へ細い紙帯をかけた。帯には、文具店ではなく〈駅前全景〉と書いた。
乃絵は店を出る前に、再開発担当者へ電話した。署名を拒むのではない。引き渡し日まで、週末だけ店内を使えるか確認した。次に、倉庫に眠る活字箱の写真を探し、友人へ送る。
〈四か月だけ、印刷室をやる。手伝える日ある?〉
商店街はなくなる。それでも写真を切る前に、端に残っていた予定を一度だけ実行する時間はあった。