AIでは作れない傷
《顔も身体もAI生成じゃないの?》
《国見蓮なんて実在しない配信人格だろ》
《傷跡まで毎回同じとか逆にモデルデータ臭い》
国見蓮は、深層の鏡宮で上着を脱いだ。
肩から脇腹へ走る古い傷が映る。監査医が直前に撮影した生体情報も、画面横で公開されていた。
現地には抽選で選ばれた観客もおり、鏡面にはそれぞれ別角度の姿が映る。単一映像を生成して済む環境ではない。
鏡宮の主は、映った者を完全な姿で複製する。傷も記憶も能力も同じ分身が無数に生まれ、本人を殺すまで消えない。
鏡が蓮を囲む。
百人の蓮が現れた。全員が同じ傷を持ち、同じ呼吸で一斉に拳を構える。
「同じに作れるなら、本物がどれか教えてやる」
蓮は自分の傷へ指を当て、一度だけなぞった。
古傷が赤く光る。
次の瞬間、百体の分身だけが胸を押さえて崩れた。表面には同じ傷があっても、その痛みを受けた過去までは存在しない。鏡は矛盾を埋められず、分身ごとひび割れて粉になった。
最後に残った鏡宮の主も、蓮の背後で砕け散る。
《生体カメラ、心拍も体温も連続記録》
《AI映像なら監査医の触診圧まで同期できない》
《分身は傷の形だけ複製、本人だけ神経記憶がある》
《能力名“痛歴再現”。過去の負傷を攻撃判定に変えたのか》
《傷が綺麗すぎるんじゃない。生き残り方が綺麗だった》
蓮は上着を着直した。
「傷跡が同じなのは、毎回同じ身体で配信してるからだ。消せるなら、とっくに消してる」
検証会社がディープフェイク解析を終了し、公開鍵つきの報告書をコメント欄へ投げる。
《生成映像の痕跡なし》
《血流、発汗、瞳孔反応、すべて実在人体》
《国見蓮の住民登録と探索者免許を本人同意で照合済み》
《実在を疑って悪かった。こっちの想像力が偽物だった》
プラットフォームが、アカウント名の横へ新しい認証記号を付けた。
【実在性・生体配信認証済み】
同時に切り抜きの題名が書き換わる。
『AI最強配信者の正体』から、『コピーには背負えなかった一人分の痛み』へ。