講師席ではなく受講席

翠嶺研修社の講師採用面接で、戸倉詩乃は「人を変える研修」を熱く語った。

履歴書には、人気企業研修〈スフィンクス・リーダーシップ〉の主任講師を四年。延べ三千人を指導し、満足度九六パーセントを達成したとある。模擬講義も巧みで、採用担当の安西は来月の大型案件を任せるつもりだった。話す順番も問いの投げ方も、完成された教材のようだった。

「偶然ですが、その研修は当社も受講しています」

安西は模擬講義のメモを見直した。導入の問いも、休憩前の小話も、五年前に自分が受けた回と同じだった。

安西が言うと、戸倉は笑顔を広げた。「でしたら品質をご存じですね」。安西は、その自信に一度は自分の記憶違いを疑った。

「受講記録も残っています」

共有された顧客用フォルダの出席表に、戸倉詩乃の名があった。だが講師欄ではなく、受講者欄。所属は人材派遣会社、職位は事務補助だった。

戸倉は動じない。「最初は受講者でした。その後、才能を認められて講師になりました」

安西はオンライン会議のアクセス履歴を示した。戸倉が参加したのは一回だけ。入室から退室まで三十七分で、途中退出の理由は〈業務電話〉。講師用アカウントの発行歴はない。

「別のアカウントを借りていました」

「講師は毎回、実名で記録されています」

四年分の会議室予約と講師割当表を検索しても、戸倉の名は受講日の一件しか出ない。さらに研修後のメールには、戸倉から運営事務局へ送った質問が残っていた。〈初心者で内容についていけませんでした。基礎資料はありますか〉。宛先には、今目の前にいる安西もCCされていた。

戸倉は少し考え、「だからこそ初心者の気持ちが分かります」と言った。

「それは長所かもしれません」

安西は認めた。「しかし、主任講師を四年務めたという経歴にはなりません」

机の端には、採用後すぐ渡す予定だった大型案件の講師名簿がある。安西は戸倉の名を一本線で消した。

「講師採用の内定予定を撤回します」