『予定表の灰色』

査定面談で、長峰颯太の評価はAからDへ落とされていた。

理由は匿名通報だった。

〈大型障害の日、長峰は予定を隠して職場を離れた。連絡にも応じなかった〉

部長の冴木宗一郎は、予定表の灰色の枠を示した。十四時から十六時まで〈非公開〉。障害発生は十四時十分。

「責任者が私用を隠すのは致命的だ。主任昇格も取り消す」

長峰は、予定の内容を口にしなかった。

人事の相楽真琴が、非公開予定の作成者を確認した。

「作ったのは冴木部長ですね」

「部下の依頼で代理登録した」

相楽は会議室予約を表示した。同じ時間、法務面談室〈静波〉が押さえられている。予約者は冴木、参加者は長峰とコンプライアンス室。件名は秘匿されていたが、予約通知のCCには冴木が入っていた。

「長峰さんは会社命令の聞き取りに出ていた。部長は知っていたはずです」

冴木は、障害時には抜けるべきだったと言った。

しかし障害チャットの履歴では、長峰は面談室の端末から十四時十二分に復旧手順を投稿し、担当者へ指示している。十四時二十五分には解決。匿名通報の添付画像は、その投稿だけを切り取って隠していた。

画像を作成したのは冴木のPCだった。通報送信時刻は、長峰が法務面談を終えた直後。

相楽は長峰へ聞いた。

「面談は、部長の案件ですか」

長峰は答えなかった。匿名通報者の身元を守る規程が、彼自身の口も閉じていた。

だが冴木は、長峰しか知らないはずの通報番号を評価メモへ書いていた。コンプライアンス室の聞き取り対象から通報者を推測し、報復したことだけは明白だった。

相楽はD評価を削除した。

「長峰さんのA評価と主任昇格を復元します。冴木部長の評価権限は停止します」

相楽は障害対応の顧客メールも開いた。復旧後、顧客は長峰の即時判断へ礼を述べ、冴木をCCに入れている。冴木はそのメールを評価資料から削除していた。非公開予定の招待通知には〈本人の匿名性確保のため件名を表示しない〉と明記され、冴木自身が了承ボタンを押している。守秘を守った長峰の沈黙を、冴木は反論できない弱さと誤算した。灰色の枠は、空白ではなく会社が約束した保護だった。

予定表の灰色は私用を隠していたのではない。匿名を守ろうとした時間を、最後まで守り通した。