『マスコットの声』

鬼塚未紗の昇進面談は、社内研修動画の再生から始まった。

画面のマスコット「コロロ」が、明るい声で情報管理の注意点を説明する。鬼塚は企画、脚本、収録、編集を一人で担当し、視聴率を三倍にした実績で係長候補になっていた。

「声もあなたですか」

面接官の伊集院卓が尋ねる。

「はい。少し加工しています」

鬼塚はコロロと同じ調子で、「パスワードは貸し借りしないでね」と演じてみせた。周囲から小さな拍手が起きた。

伊集院だけは拍手しなかった。

「収録日は三月十四日?」

「会議室を簡易スタジオにして、一日で録りました」

「誰も立ち会わずに?」

「予算がなかったので」

伊集院は会議室予約を表示した。三月十四日、鬼塚は終日、地方拠点への出張申請があり、入館記録もない。一方、会議室を予約したのは契約社員の呉羽桃。用途欄には「音声収録」とある。

鬼塚は、呉羽に機材だけ準備させ、音声は前日に録ったと説明を変えた。

次に動画ファイルのメタデータが映った。音声トラックの作成者は「Taku_I」、編集者は「Kureha_M」。鬼塚の名は最終承認欄にしかない。

「Taku_Iは外注先です」

「いいえ、私です」

伊集院は入社前、声優として企業教材を請け負っていた。コロロの初代音声も彼が匿名で担当した。会社では副業歴を伏せており、その声を知るのは呉羽と制作会社だけだった。

「今回の声は、私の旧音源を呉羽さんが再編集したものです。あなたは企画会議で『子どもっぽい』と反対し、完成後に担当者欄だけ変更した」

共有台本の版履歴には、鬼塚が呉羽の名を削除した時刻が残っていた。出張先のホテルWi-Fiからの操作だった。

鬼塚は、承認責任者なら成果も責任も自分にあると言った。

伊集院は昇進推薦を取り下げ、コロロの動画を停止した。

「責任を取るなら、まず盗んだ声と名前を返してください」

次の係長候補欄には、呉羽桃の名が入力された。