四月二日の登録印

 透野モビリティの整備士、久留島碧は、年度末に六十台の電気自動車を磨いた。

 決算会議では、その六十台を販売店へ三月三十一日に売却し、売上十二億円を計上したと説明された。請求書、納品書、販売店の受領印までそろっている。

「車は今も、うちの地下にあります」

 碧が言うと、営業担当役員は肩をすくめた。六十台には販売店のステッカーも、輸送用の封印もなかった。翌期の試乗会に使うため、充電率を八十%へそろえ、タイヤの空気圧を点検するよう碧が指示されていた。

「保管を委託されているだけだ。所有権は移った」

「登録名義は移っていません」

「登録は行政手続だ。売買とは別だ」

 碧は基本契約書を開いた。所有権は代金支払いと車両登録の完了時に移転する、とある。

「代金は三月三十一日に入っている」

「登録は四月二日です」

 碧は六十枚の書類を日付順に並べた。どの受付印も同じ窓口、同じ時刻帯で、三月の日付は一枚もない。販売店へ渡したという鍵の受領簿も、署名欄が空白だった。

 六十台分の登録書類には、運輸支局の受付印が四月二日と刻まれていた。しかも販売店からの入金は、透野モビリティが同日朝に貸し付けた十二億円を原資としている。

 財務役員が「販売金融だ」と説明した。

「それなら売掛金ではなく貸付金も残るはずです」

 決算資料には貸付金がなかった。四月三日に販売店から全額返金され、登録も取り下げられている。

「短期キャンセルだ。三月末時点では売買が成立していた」

 碧は一台目の納品書を示した。販売店の受領印は三月三十一日だが、印影の下には小さく、電子文書作成日「4/2 09:18」と残っていた。

「四月二日に作った納品書へ、三月三十一日の受領日を入れています」

 社長は六十台の鍵が並ぶ写真を見た。撮影時刻は四月一日午前九時。鍵はすべて透野モビリティの管理箱にあった。

「売れたことにして、二日後に戻しただけか」

 誰も答えなかった。

 監査人は十二億円の売上仕訳を選択し、取消ボタンを押した。

「登録印が四月なら、三月の決裁は止めます」