お義母さんの店
楠木紗代は、自分の店を持つのが夢だった。
ただし、金も設計も仕入れも、すべて嫁の燈子任せだった。燈子は店舗設計の仕事をしている。夫の基哉は母の頼みを断るたび、「才能を家族に使えないなんて冷たい」と責め、義父の元春は燈子の事業口座から工事費を立て替えさせた。
完成した店の看板には《SAYO》とだけ刻まれた。
「開店後も週六日、無給で手伝ってね」
紗代は鏡の前で笑う。
「嫁の名前なんて表に出す必要ないでしょう」
開店披露の日、燈子は客の代わりに弁護士を連れてきた。
基哉が声を潜める。
「今日だけは母さんを立てろよ。話は家で聞く」
「家で何度も話したわ」
燈子は受付台へ、二十七枚の請求書を並べた。設計料、監理料、仕入代金、広告制作費。基哉が「家族割で無料」と勝手に処理した総額は一千六百万円。元春は支払うとメールで約束し、その文面を銀行へ見せて融資まで受けていた。
さらに、燈子の署名を切り貼りした発注書、紗代がスタッフへ送った「燈子の報酬は夫婦で取り上げる」というメッセージ、深夜まで働かせた記録が続く。
弁護士が通知した。
「未払報酬と立替金一千六百万円、著作物の無断利用、休業損害、三名の経済的支配と侮辱に対する慰謝料一千万円。請求総額三千九百万円です」
紗代は看板を指した。
「これは私の店よ。嫁のくせに営業を邪魔する気?」
「内装図面、ロゴ、ウェブサイトは燈子さんの著作物です。無断使用差止めの仮処分も認められました」
開店を撮影していた業者が、カメラを下ろした。予約サイトは閉鎖され、入口の電子錠も施工会社によって停止される。
元春が弁護士へ詰め寄った。
「融資の返済はどうする! この店が開かなければ家まで取られるんだぞ」
弁護士は、元春宅と店舗保証金への仮差押決定を示した。
「その家を処分して逃げられないよう、先に押さえました」
基哉は母と妻を見比べ、初めて紗代から一歩離れた。
その瞬間、施工会社の責任者が看板の電源を切った。
金色に輝いていた《SAYO》の文字が、開店時刻ちょうどに暗くなった。