さびしさ買取所
地下街の閉店後、一軒だけ灯りのついた店があった。
看板には「さびしさ、買い取ります」。
妻を亡くした老人は、胸の中の重さを全部売りたいと頼んだ。
店主は秤へ透明な袋を載せた。
「一時間分売るごとに、一時間、一人でいることが耐えられなくなります」
「今だって耐えられない」
老人は答えた。
一週間分のさびしさを売った。
胸が軽くなり、妻の写真を見ても痛まない。
店主から代金として硬貨をもらい、外へ出た。
最初の夜、一人の部屋に五分いられなかった。
隣家の呼び鈴を押し、長話をした。
翌日は喫茶店へ閉店まで居座った。
図書館でも、病院の待合室でも、人のいる場所を探した。
さびしくはない。
ただ一人になると、息が詰まる。
老人は友人へ毎日電話した。
孫へ何度もメッセージを送った。
皆、最初は付き合ってくれたが、やがて返事が遅くなった。
老人は、自分が一人でいられない分を、他人の時間へ押しつけていると気づいた。
店へ戻り、
「買い戻したい」
と頼んだ。
店主は首を振った。
「買い取ったさびしさは、もう別の客へ売りました」
「誰が買う」
「一人で泣けない人です」
老人は驚いた。
さびしさを欲しがる人がいる。
悲しいのに涙が出ない人。
亡くした相手を、もう一度大切だったと感じたい人。
店では、そういう客へ少しずつ売るのだという。
老人は店を出た。
帰宅する勇気がなく、公園のベンチへ座った。
隣には、夜勤明けらしい若者がいた。
二人とも話さなかった。
五分。
十分。
老人は苦しくなったが、立たなかった。
若者が缶の茶を一本くれた。
礼だけ言い、また黙った。
一時間後、老人は一人で家へ帰れた。
さびしさは戻らない。
妻の写真を見ても、以前の痛みは感じない。
そのことが別の種類の悲しみになった。
老人は、毎晩一時間だけ灯りを消して座るようになった。
一人でいることへ、少しずつ体を慣らした。
時々、妻の好きだった曲を聞く。
胸が痛まない代わりに、
「痛かった頃、私は本当に大切にしていた」
と声に出した。
地下街の店は二度と見つからなかった。
老人は人と会う。
同時に、一人の時間も予定へ入れる。
さびしさは消せば幸福になるものではない。
誰かがいた場所を、自分の中に残すための静かな重さでもあった。