ひび割れの水時計
推理作家の御影が書斎で殺され、扉には内側から重い横栓が掛かっていた。窓は固定され、暖炉の煙道も人が通れない。午後九時、編集者の時任が書斎を出た後、姪の秋月と家政婦の江波は廊下で言い争っていた。九時十二分、室内から金属の滑る音が響き、扉を破ると御影はすでに息絶えていた。
棚には、一本の定規の両端から二つの琺瑯コップが吊られていた。片方は底に細いひびがあって空、もう片方には水が残る。御影が密室小説の参考に作った奇妙な飾りだと、皆が気に留めなかった。容疑者は時任、秋月、江波の三人。時任は原稿料の返還を迫られ、秋月は遺産から外され、江波は解雇を告げられていた。金属音の時刻には三人とも廊下にいたため、密室だけが全員を守っていた。
機械に強い刑事の千種は、余計な推測を退けた。
「手掛かりは三つです」
一つ目。ひびのあるコップへ水を満たすと、一秒にほぼ一滴ずつ漏れ、十二分後に反対側のコップより軽くなる。
二つ目。水の残った側の定規の端から、棚の小環を経て扉の横栓へ続く位置に、同じ透明な釣り糸の繊維と擦れ溝が残っている。
三つ目。九時ちょうどに書斎を出て、十二分後の作動まで仕掛けを残せたのは時任だけだった。秋月と江波は八時四十分から廊下で互いを見ている。
時任は笑った。
「水が減ったくらいで、あの横栓が動くものですか」
千種は二客を同じ重さまで満たし、定規を釣り合わせた。ひびから滴が落ちるたび、反対側が少しずつ下がり、その動きが小環を通した糸へ伝わった。誰も触れないまま、横栓が数ミリずつ進んでいく。
「ひび側の水が減って軽くなると、反対のコップが下がり、定規に結んだ糸が横栓を引く。漏れる速さが十二分、横栓と定規に同じ糸、開始時刻に書斎を出たのが時任さん。この三点で遅延施錠は再現できます。あなたは御影さんを殺して開いた扉から出た後、二つのコップへ施錠を任せた。仕掛けは水の減少で重さを反転させる、それ一つだけです」十二分後、再現した横栓が乾いた音を立てた。犯人の代わりに音だけが十二分後を演じ、時任のアリバイは、その一滴より軽く崩れた。