カラメルの底

能登屋七海は、冷蔵庫の卵を使い切るためにプリンを作った。

明日から入院する。治療中は食べられないものが増えると聞き、今夜は好きなものを、と看護師に言われた。七海が選んだのは、高い店の料理ではなく、賞味期限が二日後の卵三個だった。

同棲相手はコンビニで夕飯を買おうとしたが、七海は牛乳だけ頼んだ。届くまでに砂糖を鍋へ入れ、火にかける。透明な粒が溶け、縁から茶色へ変わる。

カラメルは待ちすぎると苦くなる。早すぎると甘いだけになる。七海は色が濃くなった瞬間に湯を入れた。大きな音と蒸気が上がり、同棲相手が居間から顔を出した。

「火事?」

「予定通り」

耐熱カップ三つへカラメルを分ける。卵液をこし、低い温度のオーブンで蒸し焼きにした。その間、二人は買ってきたおにぎりを一個ずつ食べた。七海は鮭、相手は昆布。入院の話をしない代わりに、病院の売店に充電ケーブルがあるかを調べた。

プリンが焼けると、表面は少し揺れた。二つを冷蔵庫へ入れ、一つだけ氷水で急いで冷やす。完全には冷えず、カップの底がまだ温かい。

皿をかぶせ、ひっくり返す。七海がカップを持ち上げても、プリンは落ちなかった。相手が横から軽く振ろうとする手を止め、自分で底を一度たたく。

ぷるん、と黄色い山が皿へ出た。茶色いカラメルが上から流れ、縁へ丸い水たまりを作る。

二人で一つをスプーンですくった。温かいプリンは少し柔らかく、中央が崩れた。最後に残ったカラメルを七海が皿ごと傾け、二本のスプーンへ半分ずつ流す。

同棲相手はカラメルの鍋に湯を張り、固まった茶色を溶かした。七海はオーブン皿の水を捨て、三つのカップを置いた跡を布巾で拭く。冷蔵庫の二つは、明日と明後日に一個ずつ食べればよい。相手が「待ってる間に期限が切れない」と言い、七海は答えず付箋の角を指で押した。紙は冷気で少し反り、もう一度押すと平らになった。

食べ終え、空の皿を戻す。七海は冷蔵庫の二つのカップへ日付を書いた付箋を貼り、扉を閉めた。