グラウンド整備のあとで

体育祭の朝、校庭は半分が水だった。

中止の放送を待つ教室で、史織は窓の外を見ていた。昨日まで練習したクラス対抗リレーも、応援団の振りも、全部なくなるらしい。

「雑巾、ある?」

泰雅が立ち上がった。

何をするのかと思えば、彼は用具室からスポンジとバケツを抱えて戻ってきた。校庭の水を吸い出すという。

最初は五人だった。やがて隣のクラスが加わり、先生も長靴で出てきた。スポンジで水を吸い、バケツへ絞り、砂を運ぶ。応援団は掛け声を作業の号令に変え、放送委員は校内から古新聞を集めた。開始予定時刻には、全員の体操服が泥だらけになっていた。

正午、短縮開催が決まった。

競技は半分になり、得点も順位もつけない。最後に、希望者だけでクラス対抗リレーを一本走ることになった。

史織はアンカーだった。泰雅は第一走者。

スタートの笛が鳴る。整備したはずのトラックはまだ柔らかい。選手は滑り、観客は笑い、誰も順位を数えていなかった。転ぶたび敵の組まで拍手し、抜かす時には「ごめん」と声をかける、妙なリレーになった。

バトンは最後に来た。

史織が走り出すと、ホームストレートの内側に、朝使ったバケツが並んでいた。泥水の跡が、もう一つの白線のように続いている。

前には三人。追いつけない。それでもクラス全員が、優勝を争う時より大きな声で名前を呼んだ。

ゴールには泰雅がいた。第一走者のくせに、アンカーを迎えるため一周先回りしてきたらしい。

史織は最下位で線を越え、そのまま泰雅の手を叩いた。互いの掌から泥が飛び、二人の頬についた。

「整備、足りなかったね」

「走れたから十分」

後ろからクラスメイトが次々に手を重ねた。赤組も白組も関係なく、泥だらけの掌が何十枚も集まった。

閉会式はなかった。表彰状もなかった。

教室へ戻る途中、史織は振り返った。荒れた校庭には、走った跡より、みんなで水を運んだ足跡の方が濃く残っていた。

あの年の体育祭で、誰が一位だったかは誰も覚えていない。

けれど最下位のアンカーを迎えた手の数だけは、今でも同窓会のたびに増えて語られる。