スウェット姿の会員

水鏡原奈帆は、朝のランニング姿で会員制ウェルネスクラブへ入った。

黒いスウェットに安いスニーカー。工事中の歩道を確認してきたため、裾には砂がついている。

受付責任者の日枝俊也は、会員証を求める前に言った。

「公共のシャワーは駅前にあります。当館の入会金は一千万円です」

「車椅子用の入口を確認したいんですが」

「見学予約のない方はお断りします」

若い理学療法士だけが、奈帆の呼吸が少し乱れていることへ気づき、水と椅子を出した。日枝は“非会員への施術は利益にならない”と止めた。

奈帆は休んでから帰り、療法士の名前を覚えた。

午後、クラブを運営する医療・リゾートグループの取締役会が開かれた。新社長が改装計画を発表するため、日枝は最上位会員だけを招待していた。

壇上へ現れた奈帆を見て、療法士だけが立ち上がった。

水鏡原家は、病院、リハビリ施設、ホテルを所有するグループの創業家。奈帆は新社長で、このクラブの土地と建物の所有者だった。朝は、改装予定のバリアフリー経路を自分で走って確認していた。段差ごとの高さと、休憩できる場所まで腕時計へ記録していた。

日枝は言い訳した。

「高級会員の安全と静けさを守るためです」

奈帆は、入口の監視記録を映した。日枝は車椅子利用者や補助犬同伴者を何度も“雰囲気に合わない”として断っていた。グループの医療理念とは正反対だった。

若い療法士は、非会員でも体調不良者へ応急対応する規定を守っていた。奈帆は彼を、新設する地域リハビリ部門の責任者候補へスカウトした。

日枝の受付・会員管理権限が停止される。

新計画では高額会員制を残しつつ、昼間は地域の高齢者や障害者へリハビリ設備を開放する。利益の一部は無料運動教室へ回す。

入口の段差が撤去され、最初の車椅子利用者が若い療法士の案内で入館した。

奈帆の社長就任と地域開放計画が承認された瞬間、スウェット姿を追い返した日枝だけが、自分が守ると言った会員扉の外へ出された。