ベビーベッドの余白
壮馬は、母の再婚相手、将嗣とベビーベッドを組み立てた。
母は臨月で、隣の部屋から「無理しないで」と何度も声をかけてくる。無理をしているのは母ではなく、説明書を読まずに柵を逆につけた将嗣だった。
「これ、外側と内側が反対」
「見た目は同じだろ」
「赤ん坊が指を挟む」
「直す」
二人でねじを外し、最初からやり直した。
壮馬は二十六歳。生まれてくる子とは四半世紀以上離れる。弟か妹かも聞いていない。母から妊娠を告げられたとき、おめでとうより先に、自分の部屋はどうなるのかと思った。そんな年齢ではないと分かっているのに、口には出せなかった。
ベッドの底板を留めるねじが一本足りなかった。箱を探しても見つからない。母が立ち上がろうとしたので、壮馬と将嗣が同時に「座ってて」と言った。声が重なったことには、二人とも触れなかった。将嗣は工具箱を開け、同じ太さのねじを探したが、長さが合わない。
「俺の机の裏に予備がある」
壮馬は廊下の奥へ行った。
部屋は昔のままだった。ベッドも本棚も、着なくなったコートもある。赤ん坊の部屋にするなら片づけるはずなのに、段ボール一つ増えていない。
机の裏からねじを外し、戻ると、将嗣が言った。
「それ使ったら机がぐらつかないか」
「一本くらい平気」
「赤ん坊のために、お前の場所を壊すのは違う」
将嗣はホームセンターへ走り、同じねじを買ってきた。壮馬は待つあいだ、逆につけた柵を直し、角を布で磨いた。
完成したベッドは、母の寝室の隣へ置いた。壮馬の部屋ではなかった。
「夜泣き、うるさいぞ」
将嗣が言う。
「俺、住んでないし」
「泊まったときだ」
「泊まらない」
「じゃあ、静かだな」
将嗣は余った六角レンチを工具箱へ戻さず、小さな袋に入れた。袋にはベビーベッドの商品名と、壮馬の名前を書いた。
「なんで俺」
「緩んだら締める係」
母が笑い、壮馬はため息をついた。
帰る前、自分の部屋から机のねじを一本だけ増し締めした。ベッドも机も、今のところぐらついていない。
赤ん坊が生まれたら、音を確認しに来る。そう言わずに、壮馬は六角レンチの袋を自分の机の引き出しへしまった。