ミュート解除の一秒
退職条件を決めるオンライン面談で、「Vendor-Guest」という外部参加者がいた。
購買部長は、次の会議の取引先が誤って早く入っただけだと言い、無視するよう促した。
私は不正発注の責任を負わされていた。
相場より三割高い部品を選び、会社に損害を与えたという。部長は、自己都合退職に同意すれば刑事告訴を見送ると告げた。
「発注承認に私の印はありません」
「電子承認は君のアカウントだ」
確かに画面の記録はそうなっていた。
そのときVendor-Guestのミュートが一秒だけ外れた。
「例の口座は――」
すぐに切れたが、私は声に聞き覚えがあった。問題の仕入先を昨年退職した営業担当だった。
部長は別人だと言った。
私は会議の自動字幕ログを検索した。一秒の音声でも、《例の口座》という文字が残っている。参加者詳細には、退職した営業担当の個人メール。
さらに会議招待を送ったのは部長で、件名は《退職同意の確認》。次の会議に早く入ったという説明は嘘だった。
私は電子承認の監査履歴を表示した。
私のアカウントが使われた時刻、私は研修会場におり、端末も貸与ロッカーへ預けていた。ロッカーの開閉記録はない。
承認操作の接続元は部長室の固定IP。直前にパスワード再設定を申請したのも部長の秘書だった。
Vendor-Guestが観念して話し始めた。
「部長から、高値の差額を個人口座へ戻すよう指示されました。今日同席すれば残金を払うと言われた」
証拠の請求書が共有される。メールのCCには部長の個人アドレス、振込先名義も同じだった。
会議の招待本文には、《本人が署名したらミュートを外して報告》という指示もある。さきほどの一秒は、署名欄へカーソルを置いた私を見て、取引先が合図を早まった結果だった。部長が用意した証人が、部長の筋書きを壊した。
人事役員は私の退職合意書を閉じた。
「自己都合退職の提案を撤回します」
部長が一秒前より青ざめる。
「代わりに、部長の職務停止と監査部への送致を、今この面談で決定します」