一人分のしそ巻き

相良絵麻は、祖母のしそ巻きを一人分だけ作った。

レシピには〈十二本・家族四人分〉と書かれている。味噌へ胡桃と胡麻を混ぜ、青じそで細く巻く。絵麻はすべてを四分の一に計算し、三本だけ油へ入れた。

来月、祖母の米寿祝いがある。親戚は、同棲中の恋人との結婚話を待っている。祖母も電話のたび、「次はひ孫を抱きたい」と笑う。恋人は絵麻が話す時まで待つと言ったが、その優しさに甘えて、絵麻は家族の前で彼を〈子ども好きな人〉として紹介したままだった。二人で決めた未来を、絵麻自身が隠している。

絵麻は子どもを望んでいない。恋人とは何度も確かめ、二人で生きると決めた。けれど祖母へ言えば、受け継いだものを自分の代で止めるようで、曖昧に笑ってきた。祖母の味を覚えることさえ、いつか子へ渡す準備だと思われそうで、レシピ帳を開くのも避けていた。けれど受け継ぐ相手がいなければ、自分が食べる意味までなくなるわけではない。

揚がったしそ巻きから、味噌と胡麻の香りが立った。葉の端は薄くぱりりとし、中の味噌は温かく舌へまとわりつく。

一本目を食べる。祖母はいつも、十二本を大皿へ放射状に並べた。祖父、母、叔父へ三本ずつ。自分の分を最後に取り、足りなければ一本で済ませた。

絵麻は二本目を半分に切った。片方を食べ、片方を皿へ残す。

三本目は保存容器へ入れた。明日の弁当へ持っていく。誰かの夫や子どものためではなく、明日の自分が食べる分だ。

祖母のレシピ帳を開き、十二本の材料の横へ一人分の分量を書き足す。味噌、小さじ二。胡桃、一粒。青じそ、三枚。

電話をかける勇気はまだ出なかった。代わりに、三本しかない皿と、書き足した頁を写真に撮る。

〈おばあちゃんの味、一人分でもできた〉

それだけ送った。

すぐに祖母から、〈少なすぎる〉と返ってきた。続けて、〈足りた?〉と来る。

絵麻は残していた半分を食べた。皿は空になった。

〈足りたよ。祝いの日に、私のこれからも話すね〉

家族を増やさなくても、レシピは減らなかった。十二本を三本へ直した字が、絵麻の分まで味を続けていた。