一人暮らし用の二脚

一人暮らし向けの家具レンタルでは、椅子を一脚申し込むと二脚届く。

二脚目の料金はかからない。住人以外の人が偶然訪れ、十三分以上座った時点で回収される。回収のためだけに客を呼ぶことは禁止。配達員、点検員、仕事上の訪問者は客に数えない。二脚目へ住人が座ってもよいが、名前をつけてはいけない。

針生は転勤先の部屋で、同じ灰色の椅子二脚と暮らしていた。

一脚は在宅勤務用、もう一脚は窓際に置いた。朝日が差すと二脚の影は同じ長さになり、昼には片方だけが机の下へ隠れた。針生はオンライン会議の背景へ二脚目が映らない角度を覚えた。会議が終わると窓際へ移り、コンビニの弁当を食べた。誰かが座れば回収される椅子だが、部屋を訪ねる友人はいない。以前の恋人とは転勤を機に別れ、同僚の住所も知らなかった。休日に声を出すのは、宅配便へ礼を言うときだけだった。配達員は客に数えないので、二脚目はそのたび何事もなく窓を向いた。

半年たつと、二脚目だけが生活に詳しくなった。脱いだ上着、未開封の郵便、読みかけの漫画。何を置いても、翌朝には少しだけ位置が変わる。針生は名前こそつけなかったが、出勤前に「行ってくる」と言うようになった。

梅雨の夜、上階から水が漏れた。

隣室の女性が管理会社へ連絡するため入ってきた。彼女の天井にも染みが広がり、廊下では電話がつながらないという。針生は窓際の椅子を勧めた。

女性は座り、濡れた髪をタオルで拭いた。二人は雨音と保留音を聞きながら、互いの名前と、同じコンビニで毎朝会っていたことを知った。

十三分たつと、玄関のチャイムが鳴った。

家具会社の回収員が立っていた。女性は規則を知っており、すぐに立った。針生は引き止める理由を探したが、椅子の契約についてしか言葉が出なかった。

回収員は窓際の一脚を運び出した。女性も自室へ戻った。

部屋には椅子が一脚になった。広くなったはずなのに、針生は初めて空いている場所を意識した。

翌朝、残った椅子は玄関を向いていた。座面に真鍮の札が一枚あり、《二人目》と刻まれている。裏には隣室の番号ではなく、まだ建物にない部屋番号と、今夜の十三分後の時刻が打たれていた。