一周年ではないケーキ
藤見崎廉と九歳の野原澄が同じ家で暮らし始めたのは、六月の半ばだった。
廉は里親として澄を迎えたが、最初の年は日付を記念日にしなかった。
澄がその日を、前の暮らしが終わった日として覚えているかもしれないと思ったからだ。
二年目の六月、澄が学校帰りに言った。
「今週、ケーキ作る?」
「誕生日ではない」
「知ってる」
「何のケーキ?」
「何でもない日の」
土曜、二人でスポンジを焼いた。
廉は説明書をきっちり読み、卵を泡立てる時間を測った。澄は途中で飽き、泡立て器を持ったまま歌い始めた。
「手を止めると膨らまない」
「歌うと膨らむかも」
「科学的根拠がない」
それでも二人で交代し、生地を型へ流した。
焼き上がったスポンジは、中央が少しへこんだ。
「失敗?」
澄が訊く。
「クリームで埋めれば平ら」
「隠すの?」
「食べるための補修」
二人で生クリームを塗り、苺を載せた。
へこんだ中央には、苺が三つ多く入った。
卓へ置いても、蝋燭は立てなかった。
歌も歌わない。
廉が包丁を入れると、澄が言った。
「今日で何年?」
「一緒に住んで?」
「うん」
「たぶん二年」
「たぶん?」
「正確な日を数えない方がいいと思ってた」
澄は苺の多い中央を見た。
「僕は覚えてる。六月十七日」
「嫌な日ではない?」
「最初は。でも、今は冷蔵庫にプリンが二個ある日」
廉は何と返せばよいか分からず、ケーキを少し大きく切った。
「そこ、僕の?」
「中央は共同区域」
「不公平」
「苺を一個追加」
交渉は成立した。
二人で食べる。
スポンジは少し固く、クリームは甘さ控えめ。苺の酸味が舌へ残る。
「来年も作る?」
廉が訊く。
「何でもない日なら」
「日付を決めたら記念日になる」
「じゃあ六月のどこか」
「曖昧だな」
「家族って、だいたい曖昧でしょう」
澄はそう言って、皿のクリームを匙ですくった。
廉は初めて、家族という言葉を訂正せず受け取った。
台所には焼いた小麦と苺の甘い香りが残った。
六月十七日を祝ったわけではない。
ただ、今年も二人で一つのケーキを切れたことを、中央のへこみごと食べただけだった。
その温度なら、来年の六月まで静かに残っていきそうだった。