一呼吸ずつ訳す夜

電話通訳センターで、柴垣雛乃はレストランと外国人旅行者を結ぶ三者通話に入った。

旅行者の幼い息子が食事のあとに具合を悪くし、店員は「眠そうなだけ」と説明している。母親の言葉は速く、泣き声で途切れた。

雛乃は逐次通訳の原則どおり、一文ずつ止めた。自分で診断せず、足さず、削らずに訳す。だが母親が繰り返す単語を、店員は「疲れた」と受け取っていた。

「違います。お母さんは、呼びかけへの反応が弱くなったと言っています」

雛乃は店員に、救急へ電話しているかを確認した。まだだった。母親が食べ物の名前を説明しようとしている間にも、子どもの返事は短くなっていた。

通常なら、店側が通話先を切り替えるまで待つ。雛乃は緊急コードを使い、救急窓口を加えた。三者通話は四者になったが、誰が誰に話しているかを一度整理し、母親の住所ではなく、今いる店の住所を店員に読み上げてもらった。

救急側の質問を一つずつ訳し、母親の答えを言い換えずに戻した。店員が「大丈夫だと思う」と挟んだときも、その意見と症状を混ぜなかった。通訳が安心させようとして意味を丸めれば、判断材料が消える。

母親の言語には、「眠い」と「意識が遠い」を文脈で言い分ける表現があった。雛乃は日本語の一語へ乱暴にまとめず、母親が使った説明を短い二文に分けて伝えた。通訳の速さを上げるより、判断に必要な違いを落とさないことを優先した。

救急隊が到着すると、母親は母国語で何度も礼を言った。雛乃は礼だけをそのまま店員へ訳した。

通話後、監督者は、原則外の接続をした理由を尋ねた。

「言葉が足りなかったのではなく、時間が足りなくなっていました」

記録には、緊急コードを使った時刻と、反応が変わった表現を残した。

救急側からは、必要な情報が順番どおり届いたと短い返信があった。

雛乃が水を一口飲むと、次の三者通話が入った。今度は警察署と、道に迷った旅行者だった。

彼女は急がせず、また一呼吸ぶんずつ言葉を渡し始めた。