一月零日
戸叶美禄の壁掛けカレンダーには、十二月三十一日の次に、一月零日があった。
去年まではなかった。
美禄は二十八歳の一年を、ほとんど部屋で過ごした。カーテンを開けるだけで一日の仕事が終わる日もあった。朝起きられず、仕事を辞め、友人からの連絡にも返事をしなかった。秋に少し外へ出られるようになったが、大晦日の夜、来年も同じだったらと思うと息が苦しくなった。
午前零時、カレンダーをめくる。
部屋のソファに、二十九歳の美禄が座っていた。
髪が少し伸び、同じ部屋着を着ている。一月零日は最初の鳥が鳴くまで続き、そのあいだだけ一年後の自分に会えるらしい。
「治った?」
美禄は最初に聞いた。
未来の自分は首を振った。
「まだ、朝が駄目な日がある」
「仕事は」
「週三日」
「友達は」
「二人に返事した。一人とは会った」
あまりに小さい未来だった。
美禄は毛布を膝へ引き寄せた。
「もっと、すごく変わってると思った」
「私も去年、そう思った」
未来の美禄は台所へ行き、白湯を二杯作った。棚の場所も、欠けたカップも知っている。
「何のために来たの」
「来年があるって見せるため」
「それだけ?」
「それが必要だったから」
窓の外はまだ暗い。
未来の美禄は、袖を少しまくった。手首の傷は薄くなっている。消えてはいない。
「今年、何か良いことあった?」
「春に桜を見た。夏に桃を食べた。十一月に、知らない犬に好かれた」
「それだけ?」
「あと、今ここに来られた」
美禄は白湯を飲んだ。熱すぎず、ぬるすぎなかった。
遠くで鳥が一声鳴いた。
未来の自分の輪郭が薄くなる。
「来年の私にも会える?」
「カレンダーに零日があれば」
「なかったら」
未来の美禄は笑った。
「会わなくても、いる」
朝になり、カレンダーから一月零日が消えた。
一月一日だけが残っている。
美禄は友人への未返信を一つ開いた。
長い説明は書けなかった。
《あけましておめでとう。返事が遅くなってごめん。今年、桃を食べに行かない?》
送信してから、窓を少し開けた。
二羽目の鳥が鳴いた。