一枚多い証拠写真
シャッター音を聞いた者はいないのに、撮影データは一枚多かった。
その一枚が増えた昼、写真スタジオのスタッフルームから橘ひよりの弁当が消えた。
母に「ちゃんと食べている」と証明するため、昨夜初めて五品も作った。けれど朝、写真を送ろうとすると照れくさくなり、結局いつものように〈大丈夫〉の二文字だけ送った。
実家を出てから、母は週に一度同じ質問をする。ひよりは心配を増やしたくなくて、忙しい日も疲れた日も同じ返事をした。昨夜はその二文字を少しだけ長くするために、動画を見ながら卵を巻いた。
昼前にスタッフルームへ入ったのは、カメラマンの成瀬、メイクの沼田、家族写真を撮りに来た海老原。沼田は鏡を取り、海老原は子どもの水筒を探した。成瀬は「機材チェック」と言ってカメラを持ち出している。
撮影データの枚数は、予定より一枚多い。白い背景紙が食卓ほどの高さまで下げられ、三脚のそばに黒胡麻が一粒落ちていた。
ひよりがモニターを開くと、その一枚が表示された。
白い背景の中央に、ひよりの弁当。斜めから柔らかな光が入り、焦げた鮭も少し崩れた卵焼きも、雑誌の一頁のように写っている。
「食べてはいない」
成瀬が後ろで言った。
「分かります」
「昨日、お母さんとの電話が聞こえた。心配させたくないなら、二文字より証拠のほうが早い」
勝手に撮るのはどうかと思う。けれど成瀬は、ひよりがコンビニのおにぎりだけで済ませる日を何度も見ていた。今日の弁当を開けたとき、蓋の裏に貼った〈鮭を焦がしたけど食べられます〉という自分向けのメモまで、画角から外してくれている。
上手に見せるためではなく、今日ここまで作った事実が伝わるように撮られていた。
プリンターから小さな写真が出てきた。裏には成瀬の字で〈撮影者の保証付き〉。
ひよりは写真をスマートフォンで撮り、母へ送った。すぐに返事が来る。
〈卵焼き、端まで巻けてる。今度は一緒に作ろう〉
弁当はライトの脇に、手つかずのまま置かれていた。ひよりは卵焼きを一つ口に入れる。少し焼きすぎで、でも甘い。
成瀬が聞いた。
「証拠能力は?」
ひよりはもう一口食べてから答えた。
「採用します」