一番やさしい相続人

薄井家の祖母は、菓子缶いっぱいの宝石を前に遺言を残した。

〈これは、一番やさしい者に譲る〉

長男の壮介はすぐ母の肩をもんだ。

「お疲れでしょう」

妹の慈乃は茶を出した。

「熱いから気をつけて」

従弟は庭の蟻を避けて歩いた。

弁護士が咳払いする。

「急に親切になりましたね」

「普段からです」と三人。

「同時に言うと説得力が落ちます」

三人は評価基準まで相談した。

「笑顔は一日五点」

「金銭の寄付は?」

「金でやさしさを買うのは減点」

「匿名なら?」

「匿名だと証明できない」

「証明したら匿名じゃない」

弁護士は記録用紙を閉じた。

「審査員を置くとは聞いていません」

「では祖母の遺影が見ています」

「遺影へ採点を委ねないでください」

一週間の“やさしさ審査”が始まった。

壮介は町内清掃へ参加し、慈乃は野良猫へ餌を与え、従弟は駅で席を譲った。ところが互いの行動を監視しては減点する。

「猫への餌やりは近隣迷惑」

「清掃写真をSNSへ載せた。偽善点マイナス」

「席を譲った相手、三十代だったよ」

「疲れて見えたんだ」

「年齢を理由に親切を撤回するの?」

「今の質問が意地悪だ!」

家族会議は、やさしさを競うほど険悪になった。

「私は祖母の介護をした」

「私は毎週電話した」

「僕は誕生日を忘れなかった」

「それは最低条件」

「最低と言う人が一番やさしくない」

「人のやさしさを採点する人こそ失格!」

弁護士は遺言書の裏から、一枚の紙を出した。縦横に白いマスが並んでいる。

「祖母から、これも預かっています」

「心理テスト?」

「人格診断?」

「クロスワードです。難易度が〈むずかしい・ふつう・やさしい〉の三枚ありました」

弁護士が〈やさしい〉と印刷された一枚を広げた。

「“一番やさしい”とは、この問題の一番目。答えが宝石箱の鍵の番号です」

三人は沈黙した。

隣室で宿題をしていた九歳の曾孫が紙をのぞき込んだ。

「一番は“みかん”。二番は“はさみ”。番号、三八二じゃない?」

鍵が開いた。

壮介が叫ぶ。

「子どもに宝石を?」

弁護士は首を振った。

「宝石は模造品です。本物の遺産は教育信託で、曾孫全員に同額」

祖母は、やさしさを採点しなかった。

問題だけが、やさしかった。