三分遅れの正解
八重樫暁歩は、列車を三分遅らせた。
終電接続、乗務員交代、翌朝の車両配置までずれるため、運行指令室では三分は数字以上に重い。狭間指令長は彼女の判断を「臆病」と呼んだ。
「自動進路が青なら進める。毎回、紙の作業予定まで照合する人間は指令に向いていない」
深夜、最終快速が駅を出ようとした。
自動画面では次の区間に列車はない。信号も進行を示している。
暁歩は、保守班の終了報告に一行だけ空欄があるのを見つけた。
軌道点検車の帰着時刻だ。通常なら自動システムへ戻り信号を送るが、今夜は古い区間の測定で位置情報が途切れやすい。
無線で呼んでも返事がない。
狭間は出発を命じた。
「通信が切れただけだ。快速を止めれば接続が全部崩れる」
暁歩は信号を赤へ戻した。
発車ベルが鳴り終わったホームで、快速が動かず止まる。乗客からの問い合わせ表示が増え、狭間はその数字を暁歩の画面へ突きつけた。
狭間が彼女の操作を解除しようとした。
そのとき、線路脇の非常電話が鳴った。
点検車の作業員だった。
車両は故障し、自動位置送信も落ちたまま、快速の進路上に停止している。距離はわずか三百メートル。線路はそこで曲がっており、快速の運転士からは点検車が見えない。
指令室の全員が画面を見た。
自動表示には、依然として何も映っていない。
狭間は「保守班の報告漏れだ」と言った。
暁歩は作業予定表を示す。点検車が戻るまで進路を固定しないという注意書きに、狭間自身の承認印があった。
壁際で見学していた男が立ち上がる。
比良坂と名乗った彼は、鉄道安全監査局の調査官だった。新システム導入後の判断手順を、身分を伏せて確認していた。
「自動表示だけを根拠に出発を命じた記録も保存しました」
比良坂は狭間の操作端末を監査モードで封鎖した。
快速の運転士から、停止位置を確認したとの無線が入る。快速の先頭から点検車まで、信号一つ分もなかった。
監査官は指令室全体へ告げた。
「事故対応終了までの運行指揮権を、八重樫暁歩へ移します」