上映を止めたスマートフォン

映画館の上映開始から四十分後、狼森典雅はチケット売場へ戻ってきた。

「途中からじゃ話が分からない。最初から上映し直せ。できないなら全員分の料金を返して、俺には無料券を十枚よこせ」

高校生の係員が、上映中の作品を止めることはできないと説明すると、狼森はスマートフォンを向けた。

「客を追い返す映画館として配信してやる。責任者を呼べ。泣いて謝れ」

後ろでポップコーンを持っていた、髭面の大男がスマートフォンを覗いた。鴉取祥吾。黒い革帽子に長いコート、映画の悪役のような風貌だった。

「その画面、上映中の本編ですね」

狼森は端末を隠した。

「予告編だ」

「私はこの作品の配給会社で法務を担当しています。映っているのは公開初日の本編です」

鴉取は弁護士証と社員証を見せた。狼森は座席から映画を生配信し、視聴者へ投げ銭を求めていた。途中で通信が切れたため、係員へ“再上映”させ、配信を続けようとしていたのだ。

「個人の感想配信だ。映像は少ししか映してない」

係員が劇場内カメラを確認する。狼森は上映開始から三十分以上、スマートフォンをスクリーンへ向けていた。周囲の客からも、画面が眩しいという苦情が複数届いている。

鴉取は静かに言った。

「上映を止めろという要求より先に、無断撮影と送信を止めてください。劇場は警察へ相談し、配給会社も権利侵害への対応を取ります」

狼森は高校生の係員を指さした。

「こいつが遅く入れたから撮影したんだ」

入場記録では、狼森自身が開演後二十五分まで売店横で配信の準備をしていた。係員はすぐ入場を案内している。

支配人は払い戻しを拒否し、退館と系列館の利用停止を通知した。警察官が到着し、端末の任意提出を求める。

狼森は配信を削除しようとしたが、アーカイブは視聴者と配信会社へ残っていた。投げ銭口座も凍結調査となる。

鴉取が権利者側の被害申告書へ作品名を書き、劇場のスクリーンでは上映が予定どおり続いた。

狼森の端末だけが証拠保全のため停止された瞬間、映画を最初からやり直させるつもりだった男には、自分が撮った違法な四十分を巻き戻せなくなった。