九年目のグローブ

鴇ノ宮理仁の野球グローブは、九年目だった。

革は飴色になり、親指には二本の縫い跡がある。北原佑馬は毎年新しい最高級モデルを買い、理仁の道具を「少年野球の遺物」と呼んだ。

「金がないなら、道具で差がつく競技はやめたほうがいい」

理仁は黙って革へ油を塗った。

春の選抜を前に、スポーツ用品会社が野球部へ新製品を提供することになった。佑馬はメーカーのロゴ入りユニフォームを着て、自分が広告選手に選ばれると信じていた。

来校した会長は、理仁のグローブを見て帽子を取った。

「初代会長が縫った最後の一個です」

鴇ノ宮家は、そのスポーツ用品会社の創業家だった。理仁の祖父が名職人、母が現社長。家には何百種類もの新製品があるが、理仁は祖父のグローブを修理しながら使い、革の変化を記録していた。創業家の子だけが毎年新品を使えば、道具を育てるという職人の教えに反すると考えていたからだ。理仁は紐が切れるたび工房で職人に教わり、自分の手で直した日付を革の内側へ小さく記していた。

その記録から、手になじむ部分だけを交換できる新型グローブが生まれた。理仁は設計者として特許を持ち、プロ十二球団と海外リーグから採用が決まっていた。

佑馬は鼻で笑う。

「古いグローブを持ってるだけで、野球が上手いわけじゃない」

会長は広告契約書を開いた。新製品のモデル選手に選ばれたのは理仁だった。前年の公式戦で失策ゼロ、打率も部内一位。家の名を伏せた選考でも、全審査員が同じ結論を出していた。

一方、佑馬が提出した成績表には、練習試合の数字を公式戦として水増しした跡があり、広告候補から外された。

監督が新しい主将を発表する。

「鴇ノ宮理仁。道具を大切にする者に、部員も任せたい」

理仁は九年目のグローブを左手にはめた。会長が新型の第一号認定証を、その縫い跡へ添える。

主将章と広告契約書が同時に渡された瞬間、佑馬が捨てるべきだと笑った革は、プロが欲しがる未来の形になった。